JINSEI STORIES

滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」 Posted on 2022/05/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、犬も恋をするのだろうか?
犬のドックトレーナー、マダム・ボーべさんの訓練サークルで知り合った若きドッグトレーナーのジュリアちゃん。
彼女の家は犬のポンション(預かり)もやっていて、前回、はじめて二日間のお泊りを経験した三四郎であった。
迎えに行っても、ジュリアのそばから離れないし、懐いてるレベルではないことは一目瞭然であった。
この夏、日本に一月半ほど仕事で帰らないとならないので、信頼できて、三四郎も安心できる宿泊先が見つかったことは、ぼくのような異国で生活する者にとって、なんとも心強いことであった。
面白いことがあった。先日、ジュリアから送られてきていた動画を再生させたら、
「クックー、プティ・ルールー、ララララー(やっほー、私のちっちゃなかわい子ちゃーん、らららららん)」
という甲高いジュリアの声が飛び出したのだ。三四郎と遊んでいる時の動画だった。
すると、それまで骨を噛んで蹲っていた三四郎が、がバッと起き上がり、あちこちジュリアを探し出したのである。(犬だから携帯から聞こえているとは思わない、笑)
凄い、と思ってその後、何度か試したのだけど、やはり、ガバッと起き上がって、周囲を探し回る。条件反射みたいな勢いで・・・。
あれからひと月も経っているのに、忘れられないくらい楽しかったのだな、と思った。

滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」



滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」

実は、ジュリアの訓練会があるのが土曜日、そして、まったく同じ時間帯に中島君ことエリックが掃除にやってくる。
やはり、誰か家にいないとならない。そこで息子に頼むことにした。
「ああ、いいよ。ぼくがいるようにするから、訓練、行っておいでよ」
と留守番を引き受けてくれたのだった。
ということでひと月ぶりに三四郎をジュリアの訓練に参加させることになった。
どんな顔でジュリアと再会するのか、父ちゃんはしっかりと見届けたかった。
ヴァンセンヌの広大な森の中ほどに、ちょっとした広場があって、マダム・ボーべのグループはそこで訓練をやっている。
ちなみに、ヴァンセンヌの森で同じように訓練をやっているグループは土曜日だけでも数十チームはある。個人とか小規模のグループもいるので、そこら中が犬の集会所と化しているのである。まさに犬天国だ。
三四郎は、とにかく外が嫌いなので、ぐずって歩かなかったが、遠くにジュリアを見つけた途端、えええ、となり、不意に歩き出した。
「ジュリアだよ。わかるかい? ほら、みんなの真ん中にいるだろ?」
三四郎、ジュリアを見つけた途端、尻尾を振りだした。
そして、走り出したのである。
ところがである。ジュリアの周りには、彼女が面倒を見ている大型犬が十数頭いて、ジュリアが三四郎に気が付く前に、彼らが先に三四郎を目掛けて走ってきたのだ。最初に飛びかかってきたのはシェパードで、その次がめっちゃ怖そうなブルドッグだった。
他の犬らも次々に三四郎に飛びかかり、多分、それは彼らのあいさつなんだと思うが、小型犬の三四郎にとっては、死ぬほど恐ろしい挨拶で、ジュリアどころではなくなってしまって、逃げ惑った。まさしく、尻尾を巻いて・・・。
大型犬たちは、暫くちょっかいをだしていたけれど、そのうち、三四郎に飽きて、消えた。
三四郎は、恐る恐るぼくの足の間から顔を出し、それから再び尻尾をふると、ジュリアの方目掛けて走り出したのである。

滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」



「ジュリア!」
仕方がないので、ぼくが三四郎の代わりにジュリアの名を呼んだ。
振り返ったジュリア、三四郎を見つけた途端、満面の笑顔になった。もう、三四郎の尻尾は千切れんばかりの勢いで左右に振り切っている。
ジュリアが三四郎の方へ向かって歩いてきたので、リードのブロックを外して自由にさせた。ジュリアが三四郎を抱こうとした時、今度は小型犬たち数匹が三四郎に飛びかかった。土埃が舞い上がり、三四郎が子犬らをかわすために、ひっくり返って、土まみれに・・・。あちゃ、これはあとで風呂だな・・・。
ジュリアがほかの犬たちを排除し抱き上げるまで、三四郎は気が気じゃない感じであった。(ジュリア人気が凄い)
しかし、ご覧のように、無事に、三四郎はジュリアちゃんの腕の中に抱きしめられることになった。尻尾はもの凄い勢いで振れるメトロウーム状態である。

滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」



滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」

パリはずっとここのところ快晴で、今日も穏やかな日中であった。
訓練が始まったが、ジュリアが三四郎を担当した。普通は、参加者全員がそれぞれの犬を交替で面倒をみていくのだが、
「ムッシュ、久しぶりだから、今日はずっとこの子の面倒をみますね」
と笑いながら言った。
横になる訓練、動かない訓練、横断歩道を渡る訓練、障害物を乗り越える訓練など、2時間半びっしり、三四郎はジュリアの横から離れることはなかった。
束の間の幸せである。ぼくは少し離れた切り株に腰を下ろし、微笑みながら様子を見ることになる。
幸せそうな三四郎を見ているぼくも幸せだった。
訓練が終わり、三四郎が戻ってきた。
「ジュリア、この夏なのだけど、ぼくは三年ぶりの日本での仕事があって、一月半は戻らないとならない。戦争で飛行機が次々キャンセルになるので、さらに、それが伸びる可能性もあるんだ。そういう長期間のポンションになるけど、君のところで預かってくれるかい? 他のスタッフさんのところじゃなく、どうしても、三四郎は君のところで預かってほしい」

滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」



「ムッシュ、喜んで。そして、他の人に三四郎は渡しません。ムッシュがいない間、私は親代わりになって、育てますから、安心してくださいね」
ああ、なんとも有難い言葉であった。
ジュリアならば、三四郎も安心して生きることが出来る。戦争がどういう影響を与えるかわからないこの世界だけれど、ジュリアがいてくれれば、彼は大丈夫・・・。
ぼくらは家路についた。もちろん、三四郎は帰りたくないと駄々をこねて、道の真ん中でストライキ、動かないのだった。

つづく。

今日も読んでくださって、ありがとう。
三四郎、今はぐっすり疲れて寝ております。あはは。
父ちゃんはこれから夕飯の準備に・・・
さて、ここでお知らせ!

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滞仏日記「三四郎の初恋の人、ジュリアに再会。尻尾が振り千切れそうになる」

※ 三四郎、帰りたくないよー、と駄々をこねる・・・。



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