JINSEI STORIES

退屈日記「死んだら終わりたい、と豪語した祖母の世界一の握り飯を受け継ぐ息子は4代目」 Posted on 2022/05/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨夜はアドリアンご夫妻が我が家にやって来て、夕食会をする予定だったが、先方の事情で不意にドタキャンとなり、ご馳走を作ろうと思っていたのに、残念だけれど、まァ、しょうがない。
ぼくがアドリアンご夫妻に作ろうと思っていたのは、気の利いたフレンチではなく、庶民的な和食だった。
よく食べる二人のために、おにぎり、から揚げ、卵焼き、肉じゃが、てんぷらうどん、お刺身、豚汁、は最低作ろうと意気込んでいた。
息子に手伝ってもらい、日本食材店で大量の和食材を買って、家まで運びあげた(エレベーター無しの4階)というのに、超残念。
でも、彼らも生きているので、ドタキャンすることだって、あるだろう。
義和的には、また次回に。
「じゃあ、どうしようか」
ということになり、冷凍できるものは冷凍をした。
お米は3合水に浸して準備していたので、おにぎりは多めに握って、半分はニコラの家に届けることに。
から揚げはやめて、鳥天とかき揚げに変更し、冷やし月見かき揚げうどんに。
残りはとりあえず、冷凍できるものは冷凍し、明日以降徐々に食べていく・・・。

退屈日記「死んだら終わりたい、と豪語した祖母の世界一の握り飯を受け継ぐ息子は4代目」



ところで、ここのところ、息子が気持ち悪いくらいによく手伝ってくれる。前は「ええ、やだ」で終わっていたのだけど、手伝ってくれるか、というと重たい荷物だって、上まで運びあげてくれるようになったし、
「パパ、このゴミ、出しとこうか」
と言って、気が付けば、ごみ捨てもやっている。
命令したことは今まで一度もない。自分の役割を徐々にわかってきたようである。
成人になるということかもしれない。
今日も、数十キロの食材&ワインを、4階まで抱えて持ち上げてくれた。
62歳のぼくであれば、3往復くらいに分けないと無理な重さであった。元バレーボール部キャプテンはそれを一回で全部運びあげてしまったのだ。

退屈日記「死んだら終わりたい、と豪語した祖母の世界一の握り飯を受け継ぐ息子は4代目」



当たり前のことだけど、高校生になってから、ぼくは彼の洗濯は一切やってない。
「自分の着るものはお互い自分で洗濯しような、シングルのパパはお前のパンツの面倒まで出来ないからね」と高校一年生の時に教えたのだ。
週に2,3回は洗濯をしている。洗い終わった洗濯ものを抱えた息子と廊下ですれ違うたび、父ちゃんの顔がほころぶのはご想像通りである。
こういう瞬間は、写真や動画で残せないので、目に焼き付けている。
成長というものは、目に見えないところで進行しているものだ。
この数年、たまーに、散らかった部屋の片づけを手伝ったり、彼が使っている洗面所があまりに汚いのでこっそり掃除をしてやることもあったが、基本、息子は自分で全部こなしてきた。えらいとは思わないが、将来の巣立つ日のための訓練は徐々に出来つつある。
料理も、ごはんの研ぎ方、炊き方、卵焼きの焼き方、炒飯やパスタなどの作り方などはすでに習得済みである。
いつ、「今日はぼくがごはんを作るから、パパは休んでいてよ」と言ってくれるか、楽しみで仕方がない。えへへ。

退屈日記「死んだら終わりたい、と豪語した祖母の世界一の握り飯を受け継ぐ息子は4代目」



息子には、おにぎりの作り方も何度か教えたことがある。
辻家の握り飯はぼくの母さんの握り方なので、まさに、「母の味」なのだ。ちなみに、母さんにおにぎりを教えたのはぼくの祖母である。
なので、息子で4代目のおにぎり人生ということになる。
ぼくの祖母はやはり頑固な人だった。
「わしが死んだら、墓には来んでよか。なぜなら、人間、死んだら終わりだからったい」
と一度、ぼくの耳元で衝撃的な発言をした人物である。
幼いぼくは、死んだら終わり、という言葉におののいたものである。母もこの哲学を持って生きている。
でも、死後の世界を夢見て現世をおろそかにして生きるな、という教えであることが後に分かって来る。
そのばあちゃんの握り飯はまこと、美味しかった。何が、どう、美味しいのか、いまだに未熟なぼくにはわからないが、ばあちゃんはよく、
「わたしの握り飯は世界一ったい。だけん、あんたのは世界2位ばい」
と母さんに言っていた。あのかあさんが、へへー、と恐縮していたので、九州の女は凄か、とぼくは思ったものである。
「だいたい、あんたさんのは、おにぎりだけど、わたしのは握り飯だけんね。どこが違うか、わかるとか?」
と言っていた。
食べ比べると、分かった。
手の圧の差で、米の密度が違うのだ。
ぼくは母さんのふわっとしたおにぎりも好きだった。
しかし、ばあちゃんの握り飯はアルデンテのパスタのごときうまさなのだ。しかも、絶妙の塩加減で、祖母の握り飯は添え物じゃなく、メイン料理であった。
「ええか、握り飯は炊き立てのごはんで握らないとならない。これが鉄則ったい」
なんで、炊き立てのお米で握らないとならないのか、聞きそびれたのだけど、熱さを残したお米は湿度があるので、握った時に水を使あないでも握れるからかもしれない。
ともかく、辻家のおにぎりは炊きあがったあつあつのお米で握っている。(ちなみにぼくは冷めた翌日の握り飯が一番好きなのであーる。笑)
母さんは「ひとなり、ちょっと粗熱をとってから握った方がよかよ。熱すぎて火傷するけんね、いひひ」とばあちゃんの握り方をこっそりと批判していた。笑。
「粗熱のとれた米を、数回握る程度の、軟かいおにぎりが実は一番うまかとたい」と母さんは母さんの流儀を開発しており、ばあちゃんのメインになる握り飯との違いが鮮明であった。
ばあちゃんのは具沢山だったが、母さんのおにぎりは控えめな量の具が入っているだけだった。お米を味わうのがおにぎりたいね、と母さんは母さんの哲学があった。
どちらにしても、冷めたごはんで握ると、手に米が付くので水を多くつけることになり、湿っぽい握り飯になってしまうので、要注意ということであろう。
ぼくは両方の知恵を頂き、その中間を狙って握っている。
ぼくが息子に伝授したお握りはまさに、ばあちゃんと母さんの思いを受け継ぐ辻家伝統の握り飯なのである。
息子の夜中の夜食には祖母スタイルのぎゅっと詰め込んだ握り飯を、夕飯のお供には母さんの優しく包み込んだおにぎりにしている。
さて、うどんも、かき揚げも美味しく出来た。
エビ、ニンジン、玉ねぎのかき揚げである。鳥天もホクホクに仕上がった。
冷やしうどんにはちょっとだけ天つゆを絡ませ、あとは卵の黄身を落とし、お握りと交互に食べるのである。最高たい。

つづく。

退屈日記「死んだら終わりたい、と豪語した祖母の世界一の握り飯を受け継ぐ息子は4代目」



今日も、読んでくださり、ありがとうございまする。
メーデーですね。メーデーにもエッセイをお届けしますね。
ぼくは何かしてないとダメな人間なので・・・えへへ。

ということで、メーデーにお知らせです。
NHKの今年度「春ごはん」の撮影はということで、すべて、終了いたしました。
で、去年放送をした、「春ごはん」が明日、再放送されます。
「ボンジュール!辻仁成の春のパリごはん」 が再放送!!!
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ぜひ、チェックしてみてください。お時間があれば・・・。

それから、大和書房刊「父ちゃんの料理教室」は6刷が決定、今、帯を新しくしています。笑。

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