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リサイクル日記「クロワッサン、クロワッサン、もう、絶対大好き、クロワッサン!」 Posted on 2022/09/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは基本、朝食は食べないが、それでも、月に一度か二度、朝に、クロワッサンが無性に食べたくなり、思わず注文してしまう。
カフェによって「めっちゃ美味しい」ところと「普通」とにわかれるが、「まずい」というのはフランスだから滅多にない。
めっちゃ美味しいクロワッサンというのは表面が超サクサクで、中がしっとりモチモチしている。
まず両端の先端を千切って齧りサクサクを愉しみ、次に残った中心部のモチモチを堪能するのが、ぼくの好きな食べ方である。
サクサクとモチモチが完璧な場合はそのまま食べるのがよいが、そこまでサクサクとモチモチ感のないクロワッサンならば、迷わず、カフェオレにちょっと浸して食べている。
とはいっても、ぼくは毎日食べるわけじゃないので、まず、誰かが食べているのを見る。
その人の手元を見る。
パイ生地風の表皮層のかけらを確認する。(実際にはクロワッサンはパイ生地ではなく、イースト菌で発酵させたパン生地なのである)
クロワッサンの表皮層の細かいくずが、皿の上やテーブルの上に散らかっているものは、間違いのない出来栄えであろう。
カリカリの焼き具合のものだと細かく割れていて、サクサク度が見てすぐにわかる。そういう時は、ギャルソンを呼び止めて、「一つ、ぼくにも」と注文をする。

リサイクル日記「クロワッサン、クロワッサン、もう、絶対大好き、クロワッサン!」

※ このクロワッサンが間違いなく美味しいのは見てすぐにわかるだろう。これらはぼくが好きな、パリで一番を獲得したパン屋のクロワッサンである。表面の層はこまやかで、幾層にも分かれており、中がモチモチしている感じがそこから透けて見える。このようなクロワッサンはほぼ100%買って正解なのである。中心に置いてあるクロワッサンの撓り具合、やばい!!!



パリにいる時、ぼくは、クロワッサンが美味しいパン屋まで買いに行く。
焼きあがる時間というのをだいたい知っているので、その時間、例えば、朝の7時とか、夕方の17時に、パン屋に行き、クロワッサンやパンオーショコラなどを買って、キッチンに置いておく。
息子のおやつには、クロワッサンに切れ目をつけて中にハムなどを挟んでだしてあげる。
クロワッサンがキッチンにあると、ちょっとした気分転換になる。時間のたったクロワッサンは、5,6秒だけチンをしてから食べる・・・・。美味い。

リサイクル日記「クロワッサン、クロワッサン、もう、絶対大好き、クロワッサン!」

※ こちらはぼくの行きつけカフェのモーニングセット。



それにしても、パン屋やカフェに並んだクロワッサンほど、フランスの人々に活力や喜びを与える食べ物はないだろう。
むしろ、バゲット同様、このクロワッサンが街角から消えたならここはもうフランスじゃなくなる。そのくらいこの国では重要な食べ物なのだ。
1ユーロちょっとで食べられる安さもさることながら、小腹がすいたらカフェでもパン屋でもすぐに立ち寄って食べられるところが最高。
ぼくの行きつけのカフェなどは、すぐ近くのパン屋と提携しているので、クロワッサンが切れて(他にお客がいない場合とかだと)ギャルソンがパン屋まで買いに行ってくれるのである。こ
しかも、パン屋で売っているものとそれほど値段が変わらないので、利益率はかなり悪い。
けれども、これは常連客へのサービスの一環なのであろう。
クロワッサンが置いてないパン屋なんてないし、焼きたてのクロワッサンを置いているカフェには人が集まるという仕組み。
クロワッサンはフランスのバロメーターの役目も担っている。
サクサク、モチモチがフランスの人々に元気とエネルギーを与えているのである。

つづく。

リサイクル日記「クロワッサン、クロワッサン、もう、絶対大好き、クロワッサン!」



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