JINSEI STORIES

滞仏日記「明日は手術である。なんかへんだけど、三四郎、本能に従って頑張っている」 Posted on 2022/04/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスは3連休の最後の日で穏やかなる一日であった。
迫っているフランス大統領選挙の行方だが、フランスのみならず欧州が固唾をのんで見守る展開となっている。
極右政党のマリー・ルペンさんが現職のマクロン大統領を僅差で追う状況、NATOの在り方や、ロシアとの向かい方、移民政策から、コロナ問題まで、全く、意見が異なるので、どうなることやら、・・・しかし、これは、フランス人が選挙で決めることだ。
ぼくは快晴のパリの空の下、三四郎を連れていつものごとく散歩に出た。すると、むむむ、ここにも小さな異変が起きていた。



前の日記でも書いた通り、ミニチュアダックスフンドというのは胴長短足なので、他の足の長いオス犬たちのように、後ろ脚をあげて、用を足すというのが苦手というか、脚が短すぎて、あがらないので、腰を沈めて用を足す子もいる。
しかし、三四郎はジュリアの家で他の子たちと過ごした経験、ボーヴェさんの犬会に参加する機会などもあり、他の犬が脚をあげておしっこをするのを目撃してきた。
やはり、そこは人間と一緒で影響を受けて、もちろん、本能もあるので、こうするのが当たり前じゃん、と思い始めているのであろう、ある日、不意に、後ろ脚があがった。
え、見間違いかな、と思っていたのだけど、数日前から、本格的に、脚をあげて、やるようになったのだが・・・。
御覧頂きたい、その決定的瞬間である。
何かが違うでしょ? わかります?

滞仏日記「明日は手術である。なんかへんだけど、三四郎、本能に従って頑張っている」



実は、よく見て頂ければわかるのだが、三四郎、脚はあがっていても、おしっこ(ピッピ)が出ていないのである。
たぶん、本能の赴くままに、脚があがったのはいいが、どうしていいのかわからないまま、おろしているのだ。
ほかの犬たちの真似してる気になっているのはいいが、肝心なところが真似できていない。
じゃあ、どうなるか、というと、ポールの袂で、一瞬立ち止まり、後ろ脚をわずかに上げて、一秒、なんにも起こらず、そのまま立ち去ること数十回、あはは、見ている方が、絞り出してやりたいとハラハラするのだけど、ここは、じっと見守る父ちゃんであった。
「三四郎、がんばれ。あと、少し」
と心の中で呟いたりしていると、三四郎がつぶらな瞳で、ぼくを振り返り、
「なに、見てるの?」
という顔をして、テクテク、と歩き出す始末・・・、あはは。
でも、三四郎、後ろ脚をあげることが今は大事みたいで、それはそれでいいよね、と納得する父ちゃん。
まだ生まれて七か月なのだから、徐々に出来るようになって、様になっていくことだろう・・・。
それに、この、恰好だけは様になっているつもりの三四郎が、あまりに、可愛いじゃあーりませんか。←親バカ?
普通にピッピが出来るようになったら、この姿、もう、見ることが出来ないのである。ああ、愛おしい。
ところで、じゃあ、普通のピッピはどうしているのか、気になりますよね?

滞仏日記「明日は手術である。なんかへんだけど、三四郎、本能に従って頑張っている」



それが、たとえば、原っぱに行くと、普通にお尻をちょっとしずめて、しゃーっとしているのである。
そんなところで、そんな風にするんかい、と思うのだけど、今日は、原っぱで二回もやったのであった。
本能が彼を動かしてはいるけれど、まだ、ポールや壁にマーキングをすることの意味も分かってない。
ともかく、けなげにこの世界で、彼は彼なりに頑張って生きようとしているところは、親として励みになる。
人間も動物も少しずつ学んで成長していく、ということだ。
家に辿り着いたら、隣の建物の玄関から、二匹のミニチュアダックスフンドが出てきた。髪の毛の短いタイプのミニチュアダックスであった。
「わああ」
とぼくが思わず声を張り上げると、その子たちのお父さんが、
「ありゃあ、同じくらいだね」
と三四郎を振り返って、言った。
その通り、その子たちは去年の9月生まれで、三四郎とまさに同い年だったのである。三匹はお互いに興味を持って、仲良くじゃれあっていた。
不思議なことに、同種同士というのも本能で分かるようで、ミニチュアダックスに対しての接し方がちょっと他とは異なるさんちゃんであった。
なんで、同種だとわかるのか、それはわからない。
それこそ、本能なのであろう。
三匹が鼻をくっつけてる姿は信じられないほどにかわいらしかったが、その驚きのせいで、写真を撮り忘れたドジな父ちゃん・・・。ま、次回ね。
不意にお隣に、同じ年の二匹のミニチュアダックスがいたことがわかったことで、なんだか、勇気づけられたし、明るくなった今日の父ちゃんであった。
暗い時代なので、少しでも光のある方へ、笑いながら歩いていきたい。
ともかく、明日は手術なので、22時以降、三四郎は何も食べることが出来ない。
さんちゃん・・・。がんばれ。

つづく。

滞仏日記「明日は手術である。なんかへんだけど、三四郎、本能に従って頑張っている」

ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。


NHK「冬ごはん」の再放送ですが、
NHKBSプレミアム 「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【再放送日時】 2022/4/19 (火) 14:44~15:43
まだご覧になってない皆さま、ぜひ。

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