JINSEI STORIES

第六感日記「満月の夜に何かが起こる、そういう経験ありませんか?」 Posted on 2022/04/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、何か変だな、何かおかしいぞ、と思う時は、だいたい満月と決まっている。
子供の頃、「ひとなり」と声が聞こえるので、声の方を振り返ると、そこに必ず満月があった。
建物と建物のあいだとかに、すごく大きな満月が。
あ、いた、とよく思ったものだった。
満月がぼくを呼ぶとき、もの凄くいいことがある場合と、もの凄く悲しいことが起きる場合とに分かれた。
どっちがやって来るかわからないけれど、とにかく、満月の夜は振れ幅が大きいということだと思う。
ぼくが眠れないのもだいたい満月の夜で、たとえば昨夜も、何気なくパリ上空の満月を見上げていたら、どこからともなく巨大な虫の羽音が聞こえてきた。
巨大なセミのような羽音で、しかも耳のすぐ横で・・・。しかし、そのような虫がいるはずもない。そこはぼくの寝室なのだから・・・。
霊的な現象である。
そういう時は警戒をする。悪いものなら近づけないようにしないとならない。

第六感日記「満月の夜に何かが起こる、そういう経験ありませんか?」



35年ほど前のことだが、満月の夜に、ドアベルが鳴り、しかし、かなり遅い時間(11時半とか)だったから、こんな時間に誰だろうと思って、覗き穴から見てみると、嗚呼、ぼくの友人のTじゃないか・・・。
ぼくとよく飲んだし、人懐っこく、彼はクリエーターであった。才能のある人間だった。ずっと連絡が出来ず、どうしているだろう、と思っていた矢先だった。
え、と思って、慌ててドアをあけ、
「なんだよ、連絡してくれたらいいじゃないか、いきなりこんな時間に来るだなんて」
とぼくは言った。微笑んでいた。とにかく、あがれよ。
部屋が散らかっていたので、一瞬先に部屋に入り、散らかった部屋を大急ぎで片付けてから戻ったら、いなくなっていた。靴を脱ぐところまでは記憶にある・・・。
その時、開いたドアの、目の前の建物の上に、満月があった。
その友人が死んだと、知らせを受けるのはその翌日のことである。
のちに、「Tは一週間ほど、昏睡状態にあった」と、別の友人に教えられた。



逆に、芥川賞の選考会の夜も、フェミナ賞の受賞の時も満月であった。
芥川賞の受賞後、タクシーで都心の会見場へ向かう間、ずっと、満月がぼくに寄り添った。しかし、あの警告の意味が何か、その時にはまだぼくは分かっていなかった。
煌々と灯る月のあの光りを、そのまま受け止めていいのか、最近はもはや、恐れてさえいる。
激しく人生が振れる時に満月が出現するということが、最近、やっとわかってきた。
何か胸騒ぎがして、カーテンの隙間とか、ビルとビルの隙間に満月が出現し、ハッとする時には、月が何かを知らせに来ているのだ、と悟るようになった。
あるはずのない場所から、不意に満月が訪れた場合、翌日とかに何かが起こる。
「いい知らせ」も多いけれど、逆に、遠くで、空間に開いた穴のような感じで、ぽっかり、切り抜かれた満月が出現した場合は、用心をしないとならない。
誰かが死ぬ時とか、あまりよくない転換期がやって来るタイミングが近かったりする。
かつては満月を無条件で喜んでいたけれど、今は、どっちに振れるのか警戒し、心の準備をしよう、と思うようになった。
もちろん、ぼくは「月族」なので、月の動きの影響を受けている。
幼い頃からぼくは、月を見上げては「いつか、帰ります」と言い続けてきた。
よく、「おかしなこと言うなぁ」と仲間に笑われたが、そこにある月は、ただの月ではなく、ぼくの人生の浮き沈みを知らせる鏡なのである。
満月はその最大の振れ幅が近づきつつあることを知らせる光の予言鏡なのだ。

第六感日記「満月の夜に何かが起こる、そういう経験ありませんか?」



月を科学的に分析するのは科学者の仕事だが、ぼくにとって月は降りてくるもののハッチのようなもので、宇宙に開く向こう側の世界の扉でもある。
その扉が最大限開く時というのは、頭頂にあるチャクラが大きく開いているようなもので、あらゆるものが降りてくる。
いいものも、悪いものも、全てそこから降り注ぐので、受け止めながらも気を引き締めないとならない。
月光を浴びながら、次の自分を整えるための教えをぼくは月から受け取っている。
「苦しいことが待ち受けているが、自分を保って乗り越えていけ」というようなことを月はぼくに諭すのである。
なので、ぼくにとって「満月」は少し恐ろしい存在でもある。
しかし、その畏怖は、ぼくが人間である証であり、ぼくが月に祈る時、それは自分を保とうとする行動なのかもしれない。
それにしても、昨夜の満月は巨大であった。

つづく。

第六感日記「満月の夜に何かが起こる、そういう経験ありませんか?」

ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。


NHK「冬ごはん」の再放送ですが、
NHKBSプレミアム 「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【再放送日時】 2022/4/19 (火) 14:44~15:43
まだご覧になってない皆さま、ぜひ。

地球カレッジ
自分流×帝京大学