JINSEI STORIES
滞仏日記「三四郎とのドキドキ再会。果たして、三四郎は・・・」 Posted on 2022/04/06 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、いや、大げさではない。盛ってるように思われるかもしれないけれど、ぼくはジュリアの家に三四郎を迎えに行くことが心配でならなかった。
ジュリアと遊ぶ三四郎は今まで見たことがないくらいに(動画で見るかぎり)生き生きとしていたし、幸せそうだった。
ジュリアの家族やドッグトレーナーたち、そしてリッキーをはじめ大勢の犬仲間たちに囲まれ、まさに合宿のような楽しい三日間を過ごした三四郎が、受験生と二人暮らしのさえないロン毛おやじの元に喜んで戻って来るかどうか、心配になりますよね?
ジュリアの家には広いテラスがあり、光が溢れている。それに引き換えぼくのアパルトマン、水漏れの壁こそは直ったものの、三四郎の部屋には窓もない。
ま、それはいいとして、やはり、若いジュリアのパワーには適わない。
迎えに行ったはいいが、「ふん」とそっぽ向かれたらどうしよう。
そっぽ向かれないまでも、「すうっと」顔を背けられたらどうしよう、と考えて、胃がちくちくしてならなかったのであーる。(いや、ほんとうです)
シャンパーニュ地方を朝いちばんに出て、昼過ぎにはパリに到着してしまった父ちゃん。
三四郎の部屋を掃除したり、三四郎が楽しく遊べるように椅子を並べ替えたり、三四郎歓迎会の準備に追われたのである。(あはは、あかんやつや・・・)
で、三四郎がジュリアちゃんの家に行く前、肘掛け椅子のマットの上で二度も続けておしっこをしたことは先の日記で書いた通りだが、ぼくは怒ってその椅子を寝室に片づけてしまっていた。(椅子のカヴァーの洗濯って、本当に大変なのよ)
でも、その椅子は三四郎が我が家にやって来た時から三四郎の部屋の中央に鎮座しており、いわば、サンシー世界のシンボルでもあった。
三四郎はぼくの足の間でごろごろするのが好きだったし、三四郎とぼくにとっては想い出の肘掛け椅子なのであった。(なんのこっちゃ・・・)
三四郎が戻って来る前に、そこに肘掛け椅子を戻しておきたい、とぼくが思っても不思議ではない。
肘掛け椅子がいつもの場所に戻っていたら、三四郎は自然と「ああ、ここはパパしゃんと暮らした大事なぼくの家だ」と思い出すに違いない、と・・・。
(やれやれ)
肘掛け椅子にカバーをとり付け、元の場所に戻したはいいが、「しかし、ここでまたおしっこをされたら、どうしよう」と、父ちゃんが心の中で呟いたその次の瞬間、ぴかっ、脳裏に閃光が瞬いたのであった。
おおおおお、そうじゃ!!!
息子が赤ちゃんの時に使っていた「おねしょシート」、地下のカーヴ(倉庫)に大切に仕舞ってあるじゃないか。捨ててないはずじゃないか~。
おねしょシート、実は、裏地がビニール素材になっており、おねしょをしても、おしっこが通過しない仕組みになっていた。(なんでも捨てずに持ち続ける、父ちゃんの悪い癖が十数年の歳月を経て役立つとは・・・)
うちの息子君、おねしょをほとんどしなかったので、それが活躍することはなかったが、ここに来て、三四郎で役立つことになろうとは、あはは・・・。
地下室まで駆け下り、プラスチックの衣装ケースを引っ張り出し、それを見つけ出したのあった。
じゃじゃじゃじゃー-ん、これが、最新兵器、おねしょシートカヴァーをかけた肘掛け椅子なのであった!!!!
どうじゃ!
ぴったりフィットしているじゃないかあああ!(興奮し過ぎな父ちゃんであった)
そんなことをしていたら、ジュリアからSMSメッセージが飛び込んできた。
「ムッシュ、今から、迎えに来れますか?」
「もちろん!」
「じゃあ、駐車場で今、三四郎と遊んでいるので、門を開けておきますから、来てください」
ということで、不意に再会の時がやって来たのであーる。(ドキドキ、ハラハラ)
三四郎グッズの入った小さな手提げバックをつかんで、ぼくは車に飛び乗り、ジュリアの家を目指すのだが、三四郎が喜んでぼくのもとに戻って来るのかどうか、わからない。
「帰らないワン」とか駄々こねられたらショックで生きていけなくなる、と本気で心配した父ちゃんなのであった。
パリ市内はとっても渋滞しており、ぼくがちょっと挙動不審になっていたからであろうか、エリゼ宮前の交差点で、警察官に呼び止められてしまうのであーる。(あはは)
「君、ストップ!(はい、窓を開けて~、とジェスチャー。近づくポリス)」
「(ビビる、父ちゃん)あ、はい、なんか?」
「どちらへ?」
「ええと、犬を預けておりまして、お迎えです」
ぼくをじろじろと見つめるサングラスのおまわりさん。運が悪いことに、昨日、ディディエから持って帰りなさい、と言われて手渡されたシャンパンの瓶が運転席のボックスにささっていた。半分、呑みかけである。栓がしてあるが、・・・やばい。
「後ろのトランクには何が入っていますか?」
「ええと、あ、(しどろもどろ)シャンパンが入っています」
「シャンパン?」
「今朝までシャンパーニュ地方でシャンパン・メゾンを見学していました」
「ご職業は?」
「ロックンロールミュージック」
「ほー」
笑わない。(あの、これは盛ってません。本当です。でも、文字に書くと、嘘くさいけど・・・ほんとうに、ロックンロール・ミュージックって、言いました)
笑わせる必要とかなかったのだけど、いや、「笑いを知っている人間に幸福が宿る」という諺が好きだったので、ちょっと余計なことを口走ってしまった父ちゃんなのであった。
ポリスは暫く考えていたが、どうぞ、行ってください、とぼくの車を誘導したのである。
彼は運転席の中央にでんと置かれた「ドゥラモット、コレクション、2002」のボトルは見えなかったようである。
検問が厳しいのは、エリゼ宮にマクロン大統領がいるからかもしれない。
不穏な時代なので、不穏そうな車両がチェックをされているのであろう。ぼくは不穏そうに見えたのだろうか・・・。
とにかく、急がないとならないので、アクセルを踏んでエリゼ宮を離れた父ちゃんなのであった。
そんなアクシデントがありながらも、やっとジュリアの家の前に到着した父ちゃん、門の中へと車をいれると、玄関のところにジュリアと戯れる三四郎の姿があった。
車を降り、しばらく、ずっと見ていると、遊んでいた三四郎がぼくを見つけ、動かなくなった。お、・・・。
ぼくはしゃがんで、三四郎の目の高さで、オイデ、のポーズ。(ドキドキ・・・)
すると、次の瞬間、三四郎がぼくを目掛けてダッシュで走って来たのであーる。
走って来たのだ!
わお、一目散に、飛んできた!!!
「GOGOサンシー、ブラボーサンシー!」
ぼくの腕の中に飛び込むと、ぼくの顔をぺろぺろと舐めて、ああああ、尻尾をふっている。ものすごく激しく振っているじゃんかー―――。
ぼくは三四郎をぎゅっと抱きしめていた。
やった! よかった!!
ジュリアがこちらに向かってやって来た。
「三四郎、寂しがっていましたよ」
「ジュリア、ありがとう。お世話になりました」
ぼくは三四郎を抱きかかえて、車に乗り、涙交じりの笑顔で、家路についたのであーる。
そして、今、三四郎はぼくの足の間で、御覧の通り、いつものサンシーに・・・戻ったのであった。
めでたし、めでたし。
よかったね、父ちゃん・・・。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ドキドキしたけど、最後はハッピーになりましたァ、笑。