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滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」 Posted on 2022/04/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はオペラの「国虎」でシークレットライブをやった。
力んで自分的には納得いかないライブだったが、地元の仲間たちが来てくれたり、何だか知らないけど内緒のライブだったというのに、満席であった。
機材を車で運んだのだけど、パリ中心部は歩行者天国になっており、車の侵入があちこちでブロックされていた。
なんとか機材搬入が出来たと思ったら、マイクスタンドを忘れていたことに気が付き、取りに帰ることになった。
ところが、パリ・マラソンとぶつかって、大渋滞に巻き込まれ、普段なら10分で着くところを、一時間近く要してしまうことになる。
ライブをやる前にくたくたになった国虎ライブだったが、思い描いていたような演奏が出来ずに、終わった。
ま、そんな時もある。
フランスのプロモーターやプロデューサーも来ていたのに、実力が出せず、超残念な父ちゃんであった。あはは・・・。
夏の日本でのライブのためのファーストステップとしてはまあよかったのかもしれない。問題点を改善して、高めていきたい。
と、その頃、三四郎は、ジュリアの家のテラスを走り回っていた。映像を見る限り、ジュリアの家にはかなり広いテラスがある!

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」



三四郎は寂しがっていることだろう、と思っていたので、ジュリアから送られてきた映像を見てショックを受けた父ちゃんだった。
まるでそこの子かと思うくらい自然に馴染んでいる。
ジュリアやジュリアの家族たちの中で三四郎はストレスなく、楽しそうにしている。
広々としたテラスはやたら光が溢れ、心地よさそうであった。
ところが、ジュリアからのコメントで父ちゃんは大きなショックを受けることになる。
「ムッシュ、昨夜はサンシーと一緒に寝ました。なんとなく、初日だし、馴染めないといけないかな、と思って、一緒に私のベッドで寝させてもらいました。とってもかわいい寝顔でした。ジュリア」
ぬ、ぬ、ぬあにーーー、マジかァァァ。
三四郎はジュリアちゃんと寝たのか?
ぼくは三四郎を寝室にいれないようにしていた。しかし、それを飛び越えて、ジュリアちゃんは三四郎を自分のベッドにあげたというではないかァ、オーマイガッ。
それをライブ直前に知って、思わず、ペースが乱れた父ちゃんであった。ううううう・・・

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」



NHKのキャスター、有馬嘉男さんが奥さんと来てくださって、ライブのあと、ちょっと話すことが出来た。
奥さんセレクトのお菓子をまた頂いたが、その中でも「ゴーフル」はかつて食べたことがないほどの美味しさであった。奥さん、凄い・・・。
「辻さん、よかったです」
と有馬さんは優しいから、そんなお世辞を言ってくださったけれど、穴があったら入りたいくらいの、父ちゃんであった。
実力が出せないのに、褒められると、うなだれてしまう。
その視線の先に、有馬さんちのヨークシャーテリア、めーちゃんがいた。
お、可愛い。
「辻さん、めーは耳をダンボにしながら、最後まで聞いてたんですよ」
と有馬さんが言った。
「サンシーは? めーに会わせたかったのに」
ぼくは、三四郎のことを思い出してしまった。
ジュリアと一緒に寝た三四郎・・・。めーちゃんはぼくをつぶらな目で見上げていた。三四郎と同じような目をしている。

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」



その頃、三四郎は他の犬たちと野原を駆け巡っていたのである。
そして、ジュリアの家族たちに暖かく迎え入れられ、うちでは見せたことがないくらい幸せそうな顔をして飛び回っているではないか!!!
絶句な父ちゃん・・・。
この子はこのままジュリアの家にいる方が幸せなのかな、と思ったら、泣けてきた。
ほかの犬たちと遊ぶことが出来て、しかも、ジュリアやジュリアの弟やお父さんやお母さんの愛情を受けて、広々とした家で、しかも、どの部屋も出入り自由の放し飼いなのである。
テラスを駆け回る三四郎は、あの三四郎なのに、なんだか、見たことがないくらいに幸福な犬なのであった。
ぼくは静かに落ち込んでしまった・・・しゅん。

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」



行きつけの八百屋のマーシャル、哲学者のアドリアン、カメラマンのピエールなど、お馴染みのメンバーも駆けつけてくれたし、驚いたのは、アルバム「コトノハナ」を担当してくれた音楽プロデューサーのロブソンさんが奥さんのエリカさんと来てくれたことであった。特に宣伝したわけじゃなかったのに、大勢の人が集まってくれたのは、不幸中の幸いであった。これを励みに精進しなきゃ、と思った父ちゃんであーる。
それにしても、ジュリアやドッグトレーナーのボーベさんたちは本当にすごい、と思った。一瞬で犬の心をつかんで、幸せを与えながらも、きちんと躾けていくのだから・・・、かなわない。

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」

アルバム「コトノハナ」のプロデューサー、ロブソンと奥さんのエリカ! なぜか、右端に、野本が・・・。笑う。

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」

のってる、MR K。20年ぶりに不意にやって来たワインバーの店主。



ライブが終わり、そのまま軽く打ち上げがあって、残った人たちとグラスを傾けあったが、心はそこにはなく、ぼくは三四郎のことを考えていた。
ぼくはいったい何をしているというのであろう。
そういうことを考えながら、楽器や機材を片付け、家路についた父ちゃんであった。
しかし、家に戻ると、三四郎の部屋に三四郎はいなかった。
息子の部屋のドアがあいており、光がこぼれていた。
「ただいま」
寂しかったので、ちょっと声をかけてみた。
「おかえり。おつかれさん」
その一言にどんなに癒されたことか、・・・。
きっと、ぼくは寂しい男なのかもしれない。

つづく。

滞仏日記「三四郎はジュリアちゃんと朝を迎えた。ぼくは残念であった」

※ これが今のぼくの心境を物語る一枚の絵・・・。さんしー---。



ということで、今日も読んでくれてありがとうございます。
三四郎がいない、辻家は、かなーり、寂しいです。

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