某月某日、少し前のこと、三四郎がゲホゲホやっているので、れれれ、と慌てた父ちゃん。
なんか喉に詰まって苦しそうだ。
我々人間が、喉に何か異物が詰まって、苦しんでいる、あの感じ・・・。
一大事だ！
いつも、いろんなものを噛みちぎって食べようとする。
靴とか、机とか、マットとか、床とか、そう、最近の流行りは、床板なのである。
もしかしたら、木屑が刺さっているのかもしれない。
「どうした、サンシー、大丈夫かぁ」
その直後、ゲホっと吐き出したので、覗き込んだら、おおおお、なんとバネ。
バネが口の中から出てきた！
あのボールペンとかに入っている小さなバネだった。けっこう、噛んだようで、伸びきっていた。
「うわ、なんじゃこれ。こんなの食べたらあかんやんか」
再び食べようとしているので、慌てて口の中に手を突っ込み、取り出したが、その翌日から、喉に何か引っかかっているのか、ッカッカと変な咳というか、喉つまりを直そうと吐き出すような空咳をしはじめたのである。
「さんちゃん、大丈夫か？」
それが日増しに酷くなっていくので、昨日から、心配になり、でも、田舎にいるので、パリの獣医んさんには相談できず・・・、慌てた父ちゃんであった。

で、仕方がないので、田舎の獣医さんを探し、ひとつ良さそうなクリニックを見つけたので、とりあえず電話をすることになった。
「すいません、日本人なので、難しい説明はできません。いいですね、簡単に説明をしますと、うちのミニチュアダックスが変な咳をしておりまして、診てもらえませんか」
とめっちゃ簡単に説明をした、父ちゃん、であった。えへへ。
「今のところ、明日の朝でよければ、予約できます」
ということで今朝、朝一番、８時半に家を出た父ちゃんと三四郎。三四郎、車に乗りたがらない。何か嫌な予感がするのであろう。
そもそも、三四郎は車が嫌いなのだ。でも、しょうがない。
「大丈夫、病院に行くだけだ。咳してるだろ？　下手をすると、麻酔して、喉を切開して、棘を取り出す大手術が待っているかもしれないんだ」
三四郎がぼくを睨んだ。
「あはは、ま、分からないよ。大したことがないといいね」

高速道路入口に近い、海よりもうんと山側にある田園の中の病院に駆け込んだのである。
いやいや、田舎と侮るなかれ、めっちゃ近代的な建物なのである。
救急病院も併設しており２４時間対応。
犬猫課とは別に、馬課まであった。
なんと、裏に地平線まで続く馬の牧場があった。すげー。
入口で僕らを出迎えたのは猫ちゃんであった。
初猫で、どうしていいのか、混乱している三四郎。猫ちゃん、けっこう、迫力があり、ま、虎のような猫だったので、睨まれて怯んだ三四郎。
でも、気になる。パパしゃん、あの生き物はなん？
「猫だよ。ぼくは、猫も大好きなんだよ。かわいいね」
しかし、猫さん、三四郎には見向きもしない。猫は猫、犬など相手にしないのである。

ところで先生は若い女医さんであった。鼻の下を伸ばした父ちゃんを三四郎が白い目で睨んでいる。あはは、
「なんか刺さってるんですかね？」
「いいえ、刺さっているのならば、喉が腫れているので、すぐにわかります。触診する限り、これは違う原因ですね」
「じゃあ、なんでしょう？　先週末、ドッグトレーナーの訓練に参加して、その時、調教用の首輪を使っていて、それが、けっこう、ぐいぐい食い込んでいました」
女医さんは首を左右にふった。
「それは考えられません。あの調教用の首輪は問題ないですよ」
「はー」
「ちょっと、体温を測るので、おさえていて貰えますか？」
女医さん、体温計を取り出し、いきなり、三四郎の肛門にブスッとさした。
「ぎょえー－－」と心の中で叫んだのは、父ちゃん。
三四郎がぼくを見上げ、いやー－ん、という顔をした。
「うーん、平熱ですね」
こういう時に咳をしてくれればいいのだけど・・・。
「考えられるのは、訓練の時とかに、他の犬たちから何かウイルスをもらった可能性があります」
「ええええ、ウイルス？」
「ワクチン、打ちましたか？」
「あ、ええと、パリの獣医さんが、エッフェル塔の公園によく行く、と言ったら、他の犬たちからウイルスを貰う可能性があるからワクチンを打ちましょうね、と」
「なるほど、じゃあ、大丈夫ですね。お薬を出しますから、それで様子をみてください。それでも治らない場合はもう一度連れてきてください」
「あの、晴れたら、海とか連れていくのはダメでしょうか？」
「いいえ、ぜんぜん、大丈夫ですよ。夕方から晴れるみたいだから、二人で楽しんでくださいね」

ちなみに、先生が帰り際、
「三四郎君の体重はベストです。太ってもなく、やせてもなく、筋肉のバランスもいいです。この調子で育ててください」
ですって・・・。皆さん、どうですか？　あはは。相変わらずの、親バカで、ごめんなさい。

午後、晴れ間が見えたので、クリニックで買ったレインコートを着せて、海沿いを歩かせてみた。
心なしか、昨日よりは元気がない気がしたので、無理はさせない程度に、小一時間、ぼくらはゆっくりと散歩を楽しんだ。
なんだか、もう、自分の子供みたいで、この子に何かあると大変だ、と思いながら、波打ち際を走り回る三四郎を遠くから眺めた父ちゃんであった。

つづく。

今日も読んでくれて、ありがとうございます。