JINSEI STORIES
滞仏日記「ニコラ君にとって、マノンちゃんは、母親代わりなのである」 Posted on 2022/03/28 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、フランスは今日から夏時間になった。
いつもより1時間早まり、これまで8時間差だった日本との時差が7時間となった。
冬時間から夏時間にかわる時はたしかにちょっと身体が変調をきたす。わずか一時間差だけど、この一時間は結構辛く、みんな変わる日は、時差ぼけみたいになる。
「ほんとうだったら、まだ、朝の7時だよね」
とぶつぶつ独り言を言いながら、三四郎にドッグフードを与えた。
三四郎も、いつもより早い朝ごはんなので、飛びつきが違う。まだ、眠たそうだ。(最近はよく寝てくれるようになった。一安心・・・)
「しかも、日曜日じゃん。もう一度寝るか」
ということで、二度寝した父ちゃんであった。
そうこうしていると、ぴんぽーん、とドアベルが鳴ったので、日曜日に誰だろう、と思って出ると、ニコラとマノンだった。
「メールしたんだけど、返事ないから来ちゃいました」
マノンが言った。
二人は三四郎と遊ぶためにやって来た。
大人になったマノンちゃん、年頃なので、最近は前ほどは寄り付かなくなっていたが、女の子は犬好きが多いね、三四郎がやって来てから、わざわざ会いに来るようになった。
写真がほしい、とせがまれる。
自分で撮った写真を友だちに見せて自慢をしているらしい。
親戚のおじさんのところの犬、と説明しているのだそうだ。
親戚のおじさん?
えへへ、何か嬉しいじゃないの~。
二人が三四郎と遊んでくれている間、ぼくは子供たちのために、チキンサンドとトマトソースのスパゲティを拵えた。
実は三四郎とも遊びたいのだけど、特にマノンちゃんはぼくのパスタが大好きで、友だちたちに「親戚のおじさんが作る世界一のパスタ」と自慢して写真を見せびらかしているらしい。マノンが好きなぼくのパスタは、辻家定番ペペロンチーノである。
彼女が生まれてはじめてぼくのペペロンチーノを食べた時の顔が忘れられない。
「ムッシュ、これはなんというパスタですか?」
「ペペロンチーノだよ。普通の」
「美味しい!!!」
普通と言っても、ニンニクを包丁で10分以上、ねばねば固形物になるまで叩いて、アンチョビと生唐辛子で作るので、そんじょそこらのペペには負けない。
で、今日はトゥールーズのシポラータ(ソーセージ)の中身だけを使って、豚肉のトマト煮込みソースパスタを作ってあげたら、悶絶していた。
あ、ついでに、昨日作ったハニーマスタードチキンが残っていたので、カレー粉でまぶして、バゲットにパセリと一緒に挟んで出したら、悶絶していた。
きっと、家ではあまりちゃんと食べてないのかもしれない。
お父さんとお母さんが離婚してそれぞれに新しい人がいて、お父さんの家にいる時は、マノンが料理をしている。
だから、時々、レシピが欲しいと連絡が来る。
ぼくの拙い仏語訳レシピで先週はペペロンチーノを作ったようだ。
ニコラ君にとって、マノンは、母親代わりなのである。
お父さんの新しいお母さんは自分の子供の世話があるし、お母さんの恋人は若いのでお母さんは若い恋人に会わせて、いつもハンバーガーとかピザばかり作る・・・。
マノンはニコラの健康が心配だからとミネストローネなどを拵えているのだ、という。けなげだけど、フランスは離婚率が高いので、彼らのような漂流する子供たちは多い。
※、これが父ちゃんの力作、ハニーマスタードチキンのバゲットサンドじゃあああああ。
食後、ハニーマスタードチキンの作り方を簡単に紙に書いて教えた。
これは本当に美味しいので、いつか、父ちゃんの料理教室でもやってみたい。
「いいかい、マノン。鶏むね肉をジップロックに詰めて、白ワインなどでマリネにしておくんだ。半日とか数時間前に仕込んでおくこと。鶏肉に切り目を入れておくと中までしっかり、マリネされるよ。フライパンにバターをおとし、塩コショウした鶏肉を焼く。片面に粒マスタードをたっぷり塗り、底面に焼き色が付いたら、白ワインを回し掛けし、そこにはちみつを好きなだけ入れる。鶏肉をひっくり返し、再び粒マスタードをたっぷり塗りたくる。白ワインを足してもいい。ここで出てくる茶色いソースが絶品なので、それをあとで鳥グリルの上にかけて食べたらいい。バスマティ米とか、リングイネに絡めて食べると悶絶するよ。ソースがたっぷり出るように白ワインはふんだんに使う感じになる。辛くしたければ、カイエンペッパーとか、ふりかけてもいい。ニコラはもしかしたら、パルメジャーノとかほしいというかもね」
ちなみに、この写真は、昨日、息子に作ってあげたハニーマスタードチキンである。
※ おさらい、完成図はこうなります。ハニーマスタードチキンパスタァ!!!!
※、どうです?? この甘えた表情。わかーいマノンちゃんの腕の中で、甘えるさんしー・・・。
「父ちゃん、ここ別世界だよー」
と聞こえてきそうじゃあーりませんか? 笑。
「ムッシュ、私、大きくなったら、料理が出来る男性と結婚したい」
照れている父ちゃん。いやあ~、それほどでも~。←しんのすけ、・・・
息子が白い目で調子こいてる父ちゃんを見ている。息子はぼくらの会話には参加してこないけど、一応、遠からず近すぎず、こちらの様子をうかがっている。
「いいね。料理の出来る男は頭いい人が多いよ」とぼく。
「ほんとう?」
「ほら、ここにいるでしょ?」
「あはは」
ニコラが笑いを来らえている。
「ご馳走様」
息子が食器を持ってキッチンへ、ニコラも真似して一緒に自分が食べた食器をかたずけに行った。えらい!!!
「普通ですよ。パパとママが離婚してから、あの子は全部自分で出来るようになった」
「それはマノンちゃんが一生懸命お母さん役をやっているからだよ」
「えらいわ、自分」
「たしかに」
ぼくらは笑いあった。
食後、結構、長い時間、二人は三四郎と遊んでくれた。
こうやって、ぼく以外の人と交流を持つことは三四郎にとって、とってもいいことなのである。
特に、マノンちゃんはまだ子供とはいえ、母性の強い子なので、ニコラと同じように三四郎の扱いもじょうずなのだ。
ぼくはマノンが遊んでくれている間に、仕事に集中することが出来た。小一時間ほどして、三四郎の部屋に行くと、マノンの腕の中で三四郎が甘えていた。
「写真、撮ってもいいかなァ?」
「ええ。あとでください。友だちに見せたいの」
「もちろんだよ。優しい親戚のおじさんの家で、美味しいパスタもご馳走になった、って自慢して構わないよ。ついでにパスタの写真も送っておこうかね」
やれやれ。親戚のおじさん、調子こいてるね~。
そんな穏やかな日曜日のひと時なのであった。
つづく。