JINSEI STORIES
滞仏日記「締め切りを過ぎても原稿が届かない担当編集者様への言い訳。本当です!」 Posted on 2022/03/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「締め切りを過ぎていますよ、辻先生。困りますよ」
とメールが入った。それが一本や二本じゃない。
調べたら、送信トレイの中に数本たまっているじゃないか。
dancyuのサラダ連載の原稿などが、送れずにトレイに残ったままになっている。
慌てて送信を試みるも・・・・出来ない。なんでだ?
ぼくはいざという時に備えて、パソコン3台、携帯2台にメールを入れて仕事をこなしている。
いつ何時でも確認できるよう、万全な体制で挑んでいるのであーる。プロなのだ!!
一台のパソコンはアウトルック、一台はマック、一台はサンダーバードのメールソフトを使っている。携帯はiphone13だ。4Gも、5Gも使える。
ところがどこからも送信ができないのである。受信はできるのだけど・・・。謎。
なので、日本のプロバイダーさんに電話をし、状況を説明することになった。
時間がちょうど真逆なので、日本の朝、その会社が始まる時間(9時)を待たないとならず、それはつまり、フランス時間の深夜1時であった。
「もしもし、そちらのサーバーを使っているものです。おはようございます」
ぼくは電話に出た方に、不意にメールが送信できなくなったことをお伝えし、その方の指示に従い、復旧作業を試みることになった。
2時間くらい、ああだこうだ、言われるままに、頑張ったが、復旧できなかった。
「おかしいですね、なんで、ダメなんだろう。はじめてのケースです」
と業者の人が言った。
3時を過ぎたので、眠くて断念をした。つまり、メールを送ろうとすると、ぼくの3つのパソコンと2台の携帯から送信できないのである。
そして、翌日も別の窓口の人とやり取りをしたが、やはり、出来なかった。
で、今朝、三度目の電話をし、これまでの経緯をもう一度頭からお話したら、
「あの、もしかして、海外からですか?」
と聞かれた。
「そうです。あれ、言いませんでしたか? 海外ですが、20年今まで一度も問題なく使えてきたんですけど・・・」
「すいません。ええと、どちらの国におられるか、差支えなければ聞いてもいいでしょうか?」
「フランスです」
「あああああああ! フランスかぁ」
「えええ? ダ、ダメですか?」
「実は、フランスからの送信に関しては一昨日から遮断させて頂いております」
その人の声のトーンが不意におかしくなったので、ぼくは、・・・ちょっと考えた。
「もしかして、御社がサイバー攻撃にさらされている?」
「・・・ええと、それはなんともお答えできないのですが・・・」
「もしかして、アノニマス?」
不意に思いつきを適当に言ってみたのだが、相手がもの凄く、動揺をした。
「わわわ、わかりません。ともかく、英国やフランス、ポーランドなど欧州の国からの送信は弊社の顧客の皆様に被害が出る可能性があるので、遮断をしているという次第です」
遮断した、と言ってくれよ、と思ったけど、彼には罪はない。苦しそうな言い訳をしているので、可哀想になった。
「いつ、再開されますか? ぼくは30年近く、御社のサーバーを使っているので、不意に、使えないというのは大損害なんですけど」
「本当に、申し訳ありません。何とも言えません」
「もしかして、一昨日、アノニマスがロシアと取り引きをしている企業に対しても、サイバー攻撃をするというニュースがありましたが、まさか、なんか、関係してるんでしょうかね?」
「・・・」
返事がない・・・。マジか、そうなんだ・・・。
「いつ頃、復旧できる見通しですか?」
「今は、自分にはわかりません。すいません」
「謝らないでください。ただ、もしかして、戦争が終わるまで、使えないということはあるんでしょうか?」
食い下がる父ちゃん、・・・
「何とも言えないですけど、そうかもしれないですね」
「じゃあ、どうしたらいいんでしょう? 仕事ができないです。しゅん・・・」
「もしよければ、フランスのプロバイダーさんと再度ご契約頂けないでしょうか? それが間違いないです。本当にごめんなさい」
「ええええ? あ、いや、あなたのせいじゃないし、戦争のせいですから、謝らないでください」
そこでぼくは電話を切った。
まだ、受信はできるので、とりあえず、フランスの電話会社に付帯するメアドを新規開設しないとならなくなった。
植野編集長に、
「すいません。原稿が遅れたのはぼくのせいじゃないんです。本当です。プロバイダーが攻撃を受けて、送信できなくなったんです。本当なんです」
と言い訳のメールをとりあえず、パリのスタッフさんに頼んで、デザインストーリーズのスタッフ専用メールから送ってもらった。
しかし、毎日、これでは仕事にならない。
ウクライナ・ロシア戦争の影響がこんなところにも及んでいるのだろうか。
これから先、何が起こるのか予断を許さない状況が続くことになる・・・。
厄介な時代になったものだ。
植野さん、信じてくださいね・・・。これから、原稿を書きます。えへへ。
つづく。
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