JINSEI STORIES

退屈日記「ゼレンスキー大統領の訴える力」 Posted on 2022/03/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ゼレンスキー大統領の日本の国会での演説が欧州でもニュースになっていた。
聞いてみて、思ったことがあった。
ゼレンスキー大統領の最大の強みは彼のプロデュース能力である。
コメディアン出身で、しかもドラマや映画の制作をやったり、自分がそれに主演をしたり、ウクライナ最大のヒットドラマ「国民の僕」を作ったり、その勢いで大統領になったり、二日で陥落すると言われていたキーウ(キエフはロシア読み)をあの手この手でひと月も防衛してみせたり、ロシアを相手に情報戦で圧倒し、国民の士気をあげ、世界中のメディアや国会へ切り込んだり、戦争が進むにつれて、この人の底知れぬ潜在能力の高さに驚く毎日ではないか。
日本の国会の演説ははじまる直前まで、ドイツで行ったドイツ批判演説のように日本非難が出るのでは、という憶測が広まっていた。
しかし、びくびくしていた政府関係者を後目に、ふたを開けてみると、見事に日本の協力をたたえ、広島や福島で原発のこわさを経験した日本国民に向け原発・環境問題からのロシア批判まで繰り出し、演説を聞き終わって、プーチン氏とは真逆だな、と思ったのはぼくだけだろうか・・・。



どこかの記事で、国ごとに演説内容を見事に変えるスピーチライターの力量が賞賛されていたが、たぶん、それは彼がもともと持っていた映像集団「第95街区」の若いチーム力にくわえて、脚本家でもあったオレナ夫人、そして同じく脚本家でプロデューサーのゼレンスキー大統領の共同作業の勝因だろうと想像する。
世界各地のウクライナ大使館員たちから演説する国の今現在の空気感を募り、数名のスピーチライターがご夫妻の添削を受けながら、まとめあげたのが、彼のユニークな各国国会演説作戦へと繋がっているのであろう。
映画はチームで作り上げる芸術だが、ゼレンスキーはあらゆる力を集約する能力が高く、しかも、国民に尊敬されている。
見事な監督術だと思うし、エンターテインメントの世界で渡り歩いてきたからこそできる戦略だと思った。
ロシアのような軍事大国ではないウクライナは、情報戦で彼らを圧倒している印象がある。軍事力では劣るのだけど、ゼレンスキー大統領は「訴える力」で今、世界を味方につけつつある。

退屈日記「ゼレンスキー大統領の訴える力」

退屈日記「ゼレンスキー大統領の訴える力」

※ 日本大使館傍のロシアレストラン、入り口のマトリョーシカにウクライナの旗が・・・。



この「訴える力」が、驚くほどに欠けているのがロシアの大統領ということになる。
彼は世界がいまロシアをどう思っているのかさえ、分かってないのではないか。
G20に出席する意向を平然と伝えてくるところなど、何か奇妙な乖離が彼の頭の中で怒っている印象さえ出てきた・・・。
これはプーチンを支持するロシア国民にも当てはまる問題で、彼の支持者らは自分に都合の悪いニュースを頭の中から見事に排除しているのではないか。
ウクライナの都市が廃墟になっているのを見ない。
子供が120人以上死んでいる悲惨を知ろうとしない。
あるいは、兄弟国であったウクライナそのものを黒い霧の中に埋め込んでいるような印象がある。
なぜ、世界がロシアを非難するのかわからない人たちが、「ロシア人差別だ」と世界へ向けて抗議していたりする。
「閉ざされた軍事大国」が、現実を知ることになるのは、今現在戦場で戸惑いながら戦う、招集された若い兵士たちが祖国に戻った時であろう。
彼らはすべてを見ていている。
彼らが生き証人になる。
彼らは自分らの仲間が大勢死んでいくのを見ているし、ウクライナの市民を殺したことを知っている。
あれだけの兵士が口を噤むとは思えない。
ロシア軍の将官たちも多く死んでいる。
プーチン大統領はこのことを見ていない。
まもまく、ロシアが内側から崩壊を始めるだろう。
それは経済制裁の効果と共に、じわじわと加速する。
それまで、もちろん、ウクライナは持ちこたえるだろう。
しかし、窮鼠猫を嚙む、という諺があるように、追い詰められたプーチンが自棄になってしでかす、その次の一手が見えない。

つづく。



自分流×帝京大学
地球カレッジ