JINSEI STORIES
滞仏日記「息子に甘すぎる、とぼくを批判していたママ友たちが三四郎ファンに」 Posted on 2022/03/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「あなたは息子に甘すぎるのよ」とぼくを詰ったママ友がいて、ぷいと怒った父ちゃん、・・・。
そのことで仲良しママ友グループから遠ざかっていたことは、前にここでお伝えした通りである。
もちろん、中にはいまだに仲良しのママさんもいるのだけど、そのうちの一人に三四郎の写真を送ったら、彼女が勝手にその写真をママ友グループに横流ししてしまったのである。
すると、ぼくを大批判していたママ友GとかKから、目がハートマークのスタンプがアップされ、・・・おいおい、と戸惑った父ちゃんであった。
フランス人はプライドを傷つけられて怒ると二度と仲が戻ることはないのだが、自分たちが一方的に批判をした場合などはそのことを都合よく忘れて、「え?」と思うくらい普通に連絡が戻って来たりもする。
「息子に甘すぎる」と言われてぼくは怒ったけれど、彼女らを名指しで批判することはしなかった。
黙って、縁を切っただけで、その後、ワッツアップを覗いてなかったのだけど、ソフィが良かれと思って、みんなに見せた三四郎の写真が今、グループ内で話題になっている。
「ひとなり、ブラボー、かわいい子見つけたね~」
「なんてかわいいの? この子に会いたい」
「息子君は何て言ってるの?」
という調子のいいメッセージが溢れていた。びっくりぽん。
どう思います?
それでも、離婚後の大変だった一時期、息子が小学生から中学生に上がる頃、本当に親身になって接してくれた人たちでもあった。
恩はあるので、これ以上、怒るわけにもいかない父ちゃん・・・。
その当時、ぼくが食事も喉に通らない時に、息子の宿題を見てくれたり、おやつを届けてくれたり、学校側との仲介などやってくれた人たちなのである。
いわば、息子にとっては母親代わり・・・。
「息子を甘やかし過ぎる」という意見も、確かに一理あったので、ここはぼくが一方的に切れているのは、大人げない、・・・。
間に入ってくれたソフィーやレテシアの顔を潰すのもよくないので、仕方ないから、最新の三四郎の動画をグループワッツアップに流した父ちゃんであった。←流したんかい!
というのは、もうすぐ、息子も高校を卒業する。
あと、3か月の辛抱だし、日本には「立つ鳥跡を濁さず」という諺もある。
和を重んじる日本人としては、ここは目をつぶって、息子の友だちのお母さんたちとも、いい思い出を分かちあうべきだろう、と思った。
幸いにも、息子との関係もここのところ良好だし、・・・。
ということで、仲が冷え込んでいたママ友たちとの間をつないだのは、またしても、三四郎であった。
「この子犬、どこで見つけたの? 」
「どうやって出会ったの?」
「この子との日常はどんな感じなの? 」
「もっと写真送って~」
とママ友たちは何もなかったかのように、メッセージを送りつけて来る。
つまり、そのくらい、彼女らは何も思っていなかった、ということであろう。
ぼくがひとり、勝手に怒って勝手にグループを脱退した気持ちになっていたけれど、彼女たちはぼくがそんなに怒っているとは知る由もなかったのであーる。
ぼくはソフィに電話をすることになった。
「もしもし、ソフィ?」
事情を知っているソフィは開口一番、もういいじゃないの、と言った。
「ひとなり、人間なんてそんなものよ。所詮、本当の友人ではないし、所詮、他人事なのよ。でも、一人一人はいい人たちだし、素晴らしいママだし、もう、あとちょっとでジュートも高校卒業だから、新たな気分でいきましょう?」
「・・・そうだね」
「そうよ。このグループもあと3か月の命。高校が終わったら解散なんだから、無難にやり過ごせばいいのよ。ところで息子君は元気?」
「元気だよ。なんかいろいろとアクティブに活動している。自分の将来も見えてきて、進むべき世界もわかって来たみたいだから、ここからは早いかもしれない」
「よかったわ。それが一番じゃない。素晴らしい」
「でもね、ぼくは傷ついていたんだよ。息子に厳しくしてきたつもりだったから、あんな風に、甘やかし過ぎとか、言われて」
「いちいち相手にしていたら身が持たない。先へ、行きましょう。世界は広いのだから」
いつもぼくが思っているようなことをソフィが口にしたので、苦笑してしまった。
少なくとも、ぼくにはソフィとか、心優しい一人二人の味方がいる。
それで十分であった。批判されても、ここまで育てたのはぼくだし、関係ない。
ぼくと息子はこれからもずっと父子なのだから・・・。
三四郎話題から、話が広がって、ママ友たちは自分たちが飼っているワンちゃんの写真をワッツアップ・グループにアップし始めていた。
不思議なことに、グループの9割のママさんたちが犬か猫を飼っていた。
様々なペットたちの幸せそうな写真を見ていると、ぼくも、肩の力が抜けていった。この人たち一人一人にも人生があるのだ、ということが分かった。
許してあげなきゃ、と思った。
息子にとっては大事な友だちのお母さんたちなのである。
ひとなり、君、大人になったねぇ・・・。
つづく。
今日も読んでくださって、メルシーボク!