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滞仏日記「我が家の大ニュース、三四郎の三つの異変」 Posted on 2022/03/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝から、壁の塗装工事が行われて、ぼくと三四郎は日中ずっと、仕事部屋の一時避難所にこもって過ごすことになった。
散歩に連れて行きたいのだけれど、工事業者さんたちだけにはさすがにできない。
息子は夜まで学校だし、業者さんが帰るまでは家にいないとならない。
仕事場の机と窓のあいだの狭い空間に長椅子を持ち込み、そこで二人で寝そべって、工事が終わるのを待つのだけど、動き回れないので、三四郎もつらいし、ぼくもつらい。
とりあえず、一週間を予定していた工事が三日で終わるのは幸いだが、あと、もう一日、この生活を頑張る必要がある。
Wi-Fiも取り外されたので、電波が悪く、アイホンの4Gでネットを覗いたり、ギャザリングをしてパソコンを動かし小説の直しなどをやりながら、なかなか面倒くさい時間の中にいる。(この日記も、ギャザリングを通してネットに上げるのだ!)
ところが、一日中、べったりくっついて過ごしていたからか、三四郎の三つの大異変に気がつくことが出来た。

滞仏日記「我が家の大ニュース、三四郎の三つの異変」



異変、その一。
仕事場が本で埋まっていて、とてもじゃないけどボール遊びが出来ないので、手綱(太い紐)を噛ませて持ち上げていたら、急に三四郎が地面に落下し、その後の動きが急にたどたどしくなった。
地面に鼻をおしつけ、くんくんし始めたので、様子をうかがっていると、床の上のピンク色のゴミを嗅いでいる。
「ダメだよ、そういうものを食べたら」
と注意し、拾ったら、なんと三四郎の乳歯であった。
三四郎を抱えて、口を押し開け、中を覗いたら、奥歯の手前の歯が抜けており、出血していた。
さらに反対側の同じ歯がぐらぐらしている。これも、とれるな、と思った。
三四郎、生まれてちょうど6か月目なのである。
赤ん坊とは言い切れない感じになってきた。歯は自然に入れ替わるから大丈夫よ、と獣医先生が言っていたのを思い出した。
その一時間後、ぐらぐらしていていた反対側の歯も抜けたので、引き続き、小箱の中に大切に保管しておくことにした。

滞仏日記「我が家の大ニュース、三四郎の三つの異変」



異変、その二。
いや、異変というほどのものではないのだけど、二人で遊んでいたら、父ちゃん、ちょっと肛門筋が緩んで、プっとおならをしてしまったのであーる。失礼。
すると、三四郎がびっくりして、目を丸くしてぼくを振り返った。
その顔が、相当驚いた人のような顔だったのでおもわずふき出してしまったのだった。
その直後、遊んでいたら、三四郎が、バフっと、大きなおならをしたので、今度は、父ちゃんがびっくり仰天の顔になってしまった。
振り返った三四郎の目が丸くなっていたので、
「生き物だもの、おならくらいするよ」
と慰めておいたが、それにしても、ぼくのおならよりもうんと大きくて迫力があったのには、驚いた、というどうでもいい異変話であーる。

滞仏日記「我が家の大ニュース、三四郎の三つの異変」



異変、その三。
ここまで読んで、「異変って、ぜんぜん異変でもなんでもないじゃないの、辻さん」と苦笑されている皆さん・・・。
それでも、こういうことこそが日常なのであーる。
三四郎のおならも初めて聞いたし(匂い無し)、抜けた歯も、実に新鮮であった。
そして、もう一つ、はじめて見て笑ったのが、夢を見ている三四郎であった。
三四郎が安心しきって、ぼくにお腹を向けて寝ていたのだけど、彼の四つの脚が必死で宙を蹴っており、しかも、三四郎は吠えるのじゃなく、むにゃむにゃむにゃ、と人間みたいに寝言を言っているではないか・・・。
他のミニチュアダックスフンドがどうか知らないのだけど、この子は吠えない時、人間の甘えた声のような、裏声に近い、長い不思議な発声をする。
歌声のような、鳥のさえずりのような、子供の甘える時の声のような、これがとってもかわいいのだけど、犬がこんななき方をするのだ、ということをはじめて知った。
夢の中の三四郎はたぶん、ぼくに何か語りかけているのであろう。
だから、よしよし、してあげた。笑。
大型犬から逃げている夢かもしれないし、お花畑を走り回っている夢かもしれないし、ともかく、・・・目を閉じて、宙を漕ぐ脚が可愛い。
へー、わんちゃんも夢を見るんだね。

滞仏日記「我が家の大ニュース、三四郎の三つの異変」



今日の塗装工事は夕方の16時で無事終わり、30歳の若い業者さんは帰って行った。
彼には結局、チーズバーガーを作ってあげた。で、パキスタン人だと思っていたら、エジプト人であった。
実はエジプト人に塗装の名人が多いというのは、フランスでは有名な話・・・。
そのことを言うと、「エジプト文明の自負がぼくらを偉大なペインターにしているんですよ」と面白いことを言い出した。
名前を聞いたら、アダム、というかわいらしい名前であった。
帰りがけに、「このドアは計画書に入ってないけど、ムッシュのハンバーガーがおいしかったから、お礼に、勝手に塗り替えておきました」と言われた。
見ると、おおお、真っ白になっているじゃん、すごい。
まだ、出会って二日目だけど、寡黙に作業をするこのエジプシアンの青年との交流からも、何かいい風を受けている辻家であった。
17時過ぎに息子が戻って来たので、ぼくは三四郎と、散歩に出かけることになった。
コロナや戦争で揺れ動く欧州、一進一退の世の中だけれど、まずは焦らず丁寧に今日を乗り切ることが出来そうなことには感謝しないとならないな、と思った。
「三四郎、よく頑張ったね。じゃあ、一緒に公園を走ろうか」
「わん♪」

つづく。

今日も読んでくれて、メルシー・ボク!!!
そして、父ちゃんからのお知らせです。

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