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滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」 Posted on 2022/03/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三年前に突如起きた水漏れ。その後、4回の水漏れが併発し、十くんの部屋は壊滅的、玄関は二つの壁と天井が崩壊という有り様、しかも、風呂場、食堂も亀裂が入り、一時期は漏電騒ぎまで起きた。(※ すべて過去日記に譲ります)
一番酷い壁の湿度がずっと100%のまま引かず、というのは工事責任者のマリーさん(ムッシュ)が配管接続を間違えており、一年間、壁の中で、水が駄々洩れしていたのである。(信じられない本当の話。マリーめ、・・・)
保険会社の調査が入るも「不思議ですね、湿度がひかない」と大騒ぎになり、一年後、漏電が始まって再調査したら、水道管が逆につけられていることが判明したのだ。
しかも、マリーさんはいまだに工事責任者を続けている、というこの国の不思議。
一度だけひと月分の家賃が免除されたが、壁が剥がれたお化け屋敷のような部屋で息子は高校生時代のほとんどを過ごすことになった(可哀想)し、恥ずかしくてお客さんを招けない三年間(コロナ禍だったから、呼ばなかったけど)であった。
それが、いよいよ、明日から、約10日間を費やし大工事がはじまる。
今日は息子と二人で朝から引っ越し。
家具をサロンや食堂に逃がし、三四郎用品はとりあえず父ちゃんの仕事場の窓際のスペースへと移した。
ぼくは腰痛もちなのに、机や棚やベッドやサイドボードや椅子やもろもろを運んで、今はぐったりしているところであーる。あはは。

滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」

滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」



ところで、フランスは水漏れ大国なのだ。
というのも、パリ中心部の建物は歴史的建造物ばかりで・・・、うちの建物は築120年。古さ不便さは仕方ない。その分、味がある。
それをよしとするか、嫌なら、郊外の近代的なマンションに移るしかないのである。
もっとも、今回のように店子が原因じゃない水漏れの場合、しかも、壁の中の水漏れはすべて、大家の責任となる。
気を付けないとならないのは、壁の中じゃなく、家側の水漏れは逆に住人側の責任になる。
うちの水漏れは全て大家の責任になり、お金が振り込まれてきた。保険会社からぼくに振り込まれるのである。
田舎のアパルトマンの屋根が飛んで、雨で天井が染みた時も、振り込まれた。自分で直してね、という感じで800ユーロくらい。まだ、直してない。ちょっと薄くなったので、様子を見ている・・・。
今回は大規模な工事が行われるので、業者が見積もりにやって来た。保険会社の許可がおり、先日、35万円ほどがぼくの口座に振り込まれたのだった。
足りない追加の金額が出た場合は、さらに振り込まれるのだけれど、しかし、ぼくが全て工事業者に払うというややこしい仕組みである。本当に面倒くさい。
ぼくは被害者なのに、この3年間、常に全部をやらないとならない不条理の中に置かれた。
しかも、管理会社は基本どこも横柄で、この3年間は文句や不満しか出なかった。
ぼくは途中から、英語に切り替え、抗議をした。英語で抗議をすると途端に低姿勢になるのがフランス人である。

滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」



三四郎は今夜から、ぼくの仕事場の机と窓の間に避難することになった。
ケージを移動させ、ベッドとマットも運んで、ぼくとサンシーの昼寝用の長椅子ももちろん持ち込んだ。
ぐんと狭くなったけど、子犬の三四郎には落ち着くサイズ感である。
ぼくが仕事をしていると、ケージの中からぼくの足を見ることが出来るから安心なのか、大人しくしている。
明日から暫くの間はここで過ごすことになる。
その仕事場の横がサロンになり、息子はそこに自分の机やベッドマットなどを運び込んだ。荷物で足の踏み場もない感じだが、でも、光がふんだんに入る部屋なので、受験勉強中の彼には気分転換になるはずだ。

滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」



工事は朝の8時から夕方4時くらいまで、毎日、続く。
まず、明日は子供部屋と三四郎の部屋(玄関ホール)の壁を全部剥がす。
翌日からまず息子の部屋の壁を塗り、そして、それが終わったら玄関の壁を塗る。
最近のペンキは塗ったらすぐに乾くらしい。来週の終わりには、ここに越してきた時のような綺麗な壁に戻っている。
やっとだ。やっと、新居に越してきた時の気分に戻る、感じ・・・。

滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」



滞仏日記「3年間続いた水漏れと明日でお別れ、いよいよ大工事始まる!」

ところで、荷物がなくなった玄関ホールは三四郎と遊ぶ一晩だけの最高の運動場となった。
ボールを投げると、三四郎が無邪気にそれを追いかけ、大喜びしていた。
息子もやってきて、三人(二人と一匹)で遊んだ。
この光景、十年後はもうないのだろうな、と思うとちょっと切なかった。
今、この瞬間の幸せを目に焼き付けておきたい。
笑っている息子の顔がそこにあった。いい青年に成長した。
その横を走り回る三四郎。まだ赤ん坊だけど、いい子なのである。
ぼくはもうちょっと元気でい続け、いいお爺ちゃんにならないと、・・・。
とはいえ、夏が終わったら、引っ越すことにしよう。
この先も、必ず水漏れが起きる建物だからである。
今日、下の階のオラジオ(わんちゃん)のお母さんと玄関ホールで会ったので、明日から工事が始まるよ、と伝えておいた。(結構うるさくなるからだ)
するとマダムは、眉をひそめて、
「ここはハズレね、最悪よ」
と小声で言って、ぼくにウインクした。

つづく。

今日も読んでくれて、ありがとう。
工事が無事に終わるよう、・・・ね。
そして、父ちゃんからのお知らせです。

3月18日、文春新書から「ちょっと方向を変えてみる」が発売になります。
19日はDeepForestとのコラボ「荒城の月」がリリースされます。携帯に入れて聞いてみてください。
そして、4月24日は、オンライン・文章教室の第三弾、エッセイ編です。

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