JINSEI STORIES
滞仏日記「またしても、奇跡が起きた。でも、それは偶然じゃなく必然なのだ」 Posted on 2022/03/11 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、パリに戻ってきた。
まもなく、アンドレから、ほんとだ、こりゃあ、すごいね、という返事も戻ってきた。
「いつにしよう。食事会」
「近々、連絡しますよ」
このやりとりは、まさに、この日記を書きながらの同時進行・・・。笑。
この日記を愛読してくださっている皆さんならば驚かないとは思うが、ぼくは奇跡としか思えないような人との出会いを繰り返している。
「よく、そんな風に次から次に縁のある人が湧いてくるね」
と弟の恒久がぼくのマネージャーをやっていた頃に言った。
「兄貴はなんか奇妙な霊感があるよね」
と笑っていた。
この件は、思い出したことがあるので、次の第六感日記に譲るとして、ともかく、ぼくとアンドレの出会いについて、ちょっと書かせて頂きたい。
ぼくは三四郎のリードを外す訓練を浜辺でやった。
このことは昨日の日記で書いた通り・・・。
田舎のアパルトマンから車で30分ほどの浜辺がぼくらの訓練場である。
その帰り道、港町の近くの遊歩道を歩いていたら、ふんわりと歩く、スケッチブックを抱えたムッシュとすれ違ったのだ。
周辺には他に人がいない、つまり、誰も歩かないような場所でぼくらはすれ違った・・・。
「可愛いね」
ムッシュが、振り返りざまに、そう言った。ぼくは行きかけたが、立ち止まり、
「ええ、まだ5か月の子犬なんですよ」
と言った。
「君は中国語とか話せるかい?」
「ぼくは日本語の方が圧倒的に得意なんですけど」
ムッシュが笑った。
笑顔の素敵な紳士で、そうだ、スケッチブックを脇に挟んでいたから、画家さんかな、と最初に思ったのだった。
「日本人か。ぼくは昔、KODANSHAとよく仕事をしていたんだよ」
といきなり、講談社の名前が飛び出して、びっくり・・・。有名な人なの?
「ぼくの名前は、あんどれ・だん」
訊いたわけじゃないけど、名を名乗ったので、ぼくは呆気にとられ、
「ぼくはつじひとなり」
と名乗ってしまった。
実に奇妙ではないか・・・
目の前は海で、ぼくはこのあたりでは一番大きな街に住む編集者さんと待ち合わせをしていたので、出来れば、すぐにそこを立ち去りたかったのだが、思わず長話になった・・・。
「講談社ですか、ぼくも昔、一度仕事をしたことがあるなぁ。絵本を出したことがある」
まけずに、つじひとなりは、そう言ったのである。
「絵本? それは驚きだ。ぼくはイラストレーターなんだよ」
「へー、ぼくは小説家なんですよ。講談社で一冊、ミラクルという絵本を出したことがあって・・・」
課題図書にもなった作品で、最近、電子書籍化も果たした。(自費出版で・・・笑)
「フランスに住んでいるの?」
「ちょっと離れた山と海のはざまにアパルトマンがあって、半分は息子とパリで。あなたもこの辺に住んでらっしゃるの?」
「いや、私はたまたま通りかかったんだ。一泊二日でこの辺を旅している」
そこでぼくは拙著「白仏」が20年ほど前に、フランスのフェミナ賞を受賞したことがあると伝えてみた。手っ取り早いと思ったのだ。←何が手っ取り早いのか? 笑。
「君は作家なのか、おっほっほ」
と笑い出した。
「名刺とかあるかい?」
とアンドレが言うので、名刺はない、と伝えると、可愛い自分の名刺をぼくにくれた。そこには、心を奪われるような可愛いイラストが添えられてあった。
ぼくはイラストレーターさんとよく仕事をするので、いつか、このムッシュと仕事が出来るかもしれないな、と思ったのだ。
確かに、そう思いながら、名刺をポケットにしまったのだった。
でも、思っただけで、ぼくらは、また会おう、と言いあって、別れることになる。
※ 帰り道の高速のサービスエリアで戯れる我がさんちゃんです!!!
で、三四郎とパリに戻る途中、ぼくは貰った名刺に書かれてあった仏語の名前をネットで検索してみたら、日本語のウイキペディアも出てきた。わお・・・。
彼の名前、日本語的に発音をすると「アンドレ・ダーハン」となる。
ウイキペディアに表紙写真付きで作品紹介が掲載されており、へー、かわいいなぁ、と思って眺めていたら下の方に「辻仁成」という文字を発見!
「????」
なんで、ぼくの名前が?
よくよく覗いてみると、「翻訳・辻仁成」と書かれているじゃーあーりませんか?
うわあああ、ぼく、アンドレと仕事してたじゃん!
すぐに、その表紙をスクショして、名刺にかかれている携帯番号にSMSで送信をしたら、
「わお、びっくり!!! なんて奇跡的な出会いなんだろ」
と戻ってきた。
ということで、ぼくらはどうやら、近々、再会することになりそうである。
ちなみに、アンドレはぼくの母親と同じ年齢、86歳。ものすごく頭の回転のはやい人で、しかも、ものすごくピュアな笑顔の持ち主なのである。
ぼくより、5歳くらい上かな、と思っていたら、24歳も上であった。
人生というものはまさにミラクルの連続じゃないか!
つづく。