JINSEI STORIES

退屈日記「三四郎が消えた。え???? 超ミステリー」 Posted on 2022/03/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨夜、息子にご飯を与えたあと、三四郎と田舎を目指した。
車にはもう慣れて、怯えなくなったし、助手席でじっとしている。
でも、田舎のアパルトマンに到着した途端、悪さをやらかしはじめた。
自分のベッドを噛んで振り回したり、齧って破壊したり、お風呂場のマットはすでにボロボロになってしまった。
ぼくはこの一週間、日曜日に開催する文章教室の準備に追われている。
提出された課題はすべて読み終わったので、ここからは授業の中身を考えないとならないのだけど、とにかく、遊びたい盛りの三四郎は次から次に創造的な悪戯を繰り返し、ぼくに、仕事をさせる暇を与えない。
コーヒーさえ飲めない。遊ぼうよ、遊ぼうよ、とぼくを呼びつける。
静かだなと思って振り返ると、ボールを咥えてじっとこっちを見あげているのだ。
そういう可愛い姿を見たら、遊んでやらないわけにもいかないので、その都度、30分とか一時間が失われていく。
昨夜も12時くらいに寝てくれたので、ぼくはそこから仕事をし、2時くらいにようやく寝室に入って、目を閉じることが出来た。
ちょっと朝寝坊をして、今朝、起きて、三四郎の様子を覗きに行ったら、え? いない。
大きな檻で廊下部を区切って、三四郎の空間にしている。
そこだけだとちょっと狭いので、風呂場のドアをあけて、そこにトイレを設置し、この二つの空間を行き来できるようにしている。
檻の向こう側、つまり三四郎にとっては外の世界はぼくの仕事場とキッチンとサロンがある、そういう間取りだ。
ところが、朝、三四郎~、と覗いたら、いない。

退屈日記「三四郎が消えた。え???? 超ミステリー」



狭い空間なので、いないわけがない。家具など何もないので、見渡せばすぐにわかる。消えた!?
ぼくは慌てて、探し回った。
三四郎のベッドの下とか、毛布の下とか、洗濯機が収まった狭い物置も併設しているので、ドアは閉まっているけど、一応、そこも開けて、隅々調べてみた。
洗濯機の裏側とかに潜り込んでないか、携帯のライト機能で照らして調べたのだけど、いない。
風呂場に行き、洗面台周辺も探した。
風呂の中に隠れているかもしれないと思って覗いたけど、いない。
あ、もしかしたら、トイレの中に落っこちているかもしれない、と気が付いた。
というのは、ぼくがいつもそこで用を足すのを彼は背後から楽しそうに見ていたからだ。自分もそこで立って用を足したいと思ったとか・・・。
しかし、飛び上がってそのまま便器の中に落下したら水死する。
なので、便座の蓋はちゃんと毎回閉めている。もしかしたら、夜に閉め忘れて、そこに飛び込んだ反動で蓋が閉じた可能性があると思って、青ざめた父ちゃん。
慌てて、トイレの蓋を開けてみたが、いない。
そんなはずはない。もう一度、三四郎が寝ている場所に戻って見回したが、やはり、いないのである。
どうなってるんだ。
檻の中央には外の世界へと出入りできるドアがあるが、きちんと閉まっている。檻はぼくの腰の位置まであり、飛び越えられる高さではない。しかし、もしかすると、暖房器具などを伝って飛び越えたことも考えられる。暖房機から檻まで1メートルはあり、子犬には不可能だとは思うのだが・・・。
「三四郎!」
呼んだけど、返事がない。だんだん、不安になってきた父ちゃん。
というのは、檻を飛び越えた向こう側に、階段があるのだ。
結構、急な階段で、下は、納戸と玄関である。階段の上に中二階のメザニンがあり、そこから落下すると、3メートルくらいの奈落に落ちることになる。
暖房機から飛んだはいいが、その奈落に落ちたとしたら、・・・・。
げ、慌てて階段を駆け下りた父ちゃん。
しかし、玄関の踊り場には、いない。納戸の扉がちょこっと開いていたので、そこかもしれないと思い、携帯ライトを照らして、奥の奥まで調べたが、やはり、いなかった。
ミステリー。神隠しにあった三四郎。
ぼくはキツネにつままれたような状態になり、
「三四郎!!」
と何度か叫んでいた。
何が起こった!!!!



玄関の扉には鍵がかかり、外部には出られない。
ぼくは再び階段を上って、家の中を見回したが、どこにもいないのである。
「三四郎!!!!!」
次第に不安になってきた。仕事部屋にもキッチンにも三四郎の姿がない。
ぼくは蒼白な顔になり、家の中をうろうろと探し回ってみると・・・、ええええ、なんと、サロンのソファの上に黒い物体が寝そべっているではないか。
クレオパトラのように・・・。
え?

退屈日記「三四郎が消えた。え???? 超ミステリー」

「お前、そこで何してんの?」
「・・・・」
三四郎はソファの中央で寝そべっていた。ぼくを見つけると、一度、猫ちゃんがやるように伸びをしてみせ、今頃起きてきたんかい、という顔をしてから、ちょっと横にどき、座り直した。
「パパしゃん、よければ、ここに座ったら? 気持ちいいよ~」
声が聞こえた気がした。
ぼくは、怒る前に、三四郎を発見できた喜びで、思わず泣きそうになり、次に、笑いだしてしまうのだった。それにしても、こいつ、どうやって、檻を突破したのだろう。
恐るべし子犬め・・・。

つづく。

地球カレッジ



自分流×帝京大学