JINSEI STORIES
滞仏日記「かっちーん。悪戯大好き三四郎、すっとぼけの天才である」 Posted on 2022/02/25 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、子犬の三四郎、可愛いのだけど、ともかく、いたずらっ子なのである。
生まれ故郷の田舎から連れてこられたものだから、多少のことは我慢し、手厚く育ててきたつもりであったが、次第に慣れてきて、この日本人のロン毛のおっさんは何を言っても怒らないし、自分のために愛情を注いでくれて、ここはもしかしたら「天国」かもしれん、と思いだしたのは間違いなく、夜中に吠えなくなったのはいいが、日中はぼくから離れなくなって、仕事をしていてもやって来るようになり、膝の上に登ろうとするし、「ちょっと忙しいからあっち行ってなさい」と怒ると、くうーん、と離れたところで拗ねて鳴いているし、そんな声で鳴かれたら仕事など手につくわけもないが、ここは我慢、と心を鬼にして日本語と向き合っていると、しーーーん・・・。
こういう時は必ず何かやらかしているのであーる。
こっそり、様子を見に行くと、三四郎はどこで見つけたのか、まっさらなシガー状の骨ガムを噛み噛みしている。
あまりに真剣に噛んでいるので、ぼくが近づくまで気が付かない。
「こら、おまえ、何してんの?」
ぼくが上から、怒ると、ビクン。
慌てて、シガシガを口から離し、素知らぬ顔をした。
シガシガをつかんで、目の前に突き出し、
「これはどこから持ってきたとかァ」
と博多弁で怒ると、(←怒る時は博多弁)
三四郎ちゃん、顔をすううっと真横に向ける。
かっちーん。
その横移動させる顔が、めっちゃ人間味があって、
「え、なんのことですかね~、あっしじゃないです」
みたいなすっとぼけ方なのであーる。
面白いので、
「どっから持ってきたとか、白状せんか!」
と再び、シガシガを目の前に突き付けると、またしても、真顔で、すう~~っと顔を反らすのであーる。やるな・・・
お散歩用バッグが玄関の奥においてあり、漁った形跡があった。
バッグをつかんで再び、三四郎の鼻先に突き付けてやると、三度、すうっ~っと顔を真横に動かし、知らないっすよ、だんな、勘弁してくだせ~、という捕り物ドラマみたいな下手な芝居をしやがった。
仕方ないので、与えたけど、(←与えたんかい!!!)
何事もなかったのように、シガシガを齧りだす始末で、その図々しさには恐れ入った。
すでに赤ん坊ではない、老獪なお犬様なのだった。
その上、ボールを隠す遊びはかなり進化している。
狭い部屋なのに、買ったボールが次々謎の消滅をする。
それがとっても不思議なことに、そのうちの一つが、隣の食堂のワインケースの下の隙間から見つかった。どこから?
入ることの出来ない部屋にあったことで警戒を強めた父ちゃん。
この子は確かに只者ではない。
辻家にやって来た時から、あおむけになって、お腹を見せて寝る。
お腹だけじゃない、ちんちんだって隠さない。初対面のぼくに、である。
おいおい、と思ったけど、もう慣れた。
おしっこをすると、くるっとあおむけになり、
「拭けやー」
という態度をとる。
く、くそ野郎、と思うのだが、拭いてあげる優しい父ちゃんであった。(←拭いとっとか!)やれやれ・・・。どないなってんねん。(←嘆く時は関西弁になる)
そういえば、最近、少し分かってきたことがある。
三四郎は2回に一度、おしっこを外すのだけど、やっと、その原因が分かった。
ミニチュアダックスフンドは胴が長い。足が短い。だから、彼がシートでピッピ(おしっこ)をしようと真ん中まで行くとお尻はシートの外に出てしまうのである。
胴が長すぎて、おしっこシートから出てしまうのだ。だから、命中度が下がる。
なるほど、ポッポ(うんち)が的中するのは、お尻を下げてするから、着弾するのか。
つまり、これは三四郎のせいじゃなく、ミニチュアダックスフンドの体形に問題があったということだ。
三四郎がおしっこを着弾させるためには、ぐぐぐっとシートの端まで行き、やるしかない。うわ、高度!!!
こ、これを教えるのはかなり至難の業じゃないか・・・。
息子君はプレパースクールで集中講義がある毎日だから、父ちゃんは早起きし、お弁当作りに精を出している。
今日はドライカレー弁当を拵えた。
大したものは作れないけれど、勉強と勉強の合間に心と胃袋を温めてもらいたい。
スーパーで買ったものでもいいのだけど、やっぱ、手作り弁当に勝るものはない。
こんな面倒くさい時代だからこそ、そういうところに、愛情を傾けるのが大事。もちろん、三四郎にも、である。
三四郎はそばにいてあげることが、ぼくに出来る最大限の仕事だと思うので、ちょっとやりにくいけど、パソコンを長椅子まで持ってきて、股の間で三四郎を遊ばせ、ぼくは腹の上に載せたパソコンを叩いて日中を過ごしている。(←どんな絵?)
で、だいたい、途中で眠くなり、ぼくらは仲良く、お昼寝をしてしまうのである。
すると、今日、面白い夢を見た。
夢の中に出現した三四郎は、胴が短く、足が異常に長いのである。もはや、ダックスフンドではないが、でも、顔は三四郎なのであった。
「どうしちゃったんだよ、サンシー」
とぼくは夢の中で驚いて、訊いた。
「ムッシュ、これがぼくの夢だったんですよ。これで、階段も登れるし、おしっこシートへの命中率も上がりますよ」
ぼくは嬉しくなり、三四郎を抱きしめて、膝の上に載せようとしたのだけど、ありゃあ~。
足が異常に長いから、おさまりが悪い・・・。
そこで目が覚めたら、いつもの胴長短足の三四郎がお腹を出して寝ていたので、安心をし、ぼくは三四郎を抱きしめ、
「お前はこれでいいんだよ」
と言ってやった。
眠そうな三四郎はぼくの頬っぺたをペロッと舐めてから、再び夢の世界へと戻っていったのである。
おしまい。
つづく。