JINSEI STORIES
退屈日記「辻家は臨戦態勢に突入。何もできず、見守る父ちゃん」 Posted on 2022/02/21 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、2月もあと一週間で終わり、いよいよ息子の大学受験が迫ってきた。
昨夜、三四郎と「夜の滑走路」と名付けた大通りで仲良く散歩していると、遠くから息子が戻ってくるのが見えた。
どんなに離れていても親子なので、あのスタスタ感、すぐにわかる。
近づくのを待ってから、
「わんわん、おい、こら、じゅーくん、夜遊びするんじゃないよー」
と三四郎の物まね(本人曰く、心外な物まね)をしてやったが、自分の世界に入り込んでいるのか、気づかない。
しょうがないので、三四郎を抱っこして、道を横断した父ちゃんであった。
すると、ぼくらに気が付いて、お、と笑顔になった息子。
安心したのは、ちゃんとマスクをしていたこと。
コロナ規制緩和で外でマスクをつけなくてもよくなったので、最近、若い人のマスク率が減ったが、息子君、「受験前にコロナに罹ったら大変だから、出来る限りしておきなさい」とのぼくの忠告をちゃんと守っていた。
「あれ、三四郎かぁ」
息子が笑顔になり、三四郎に手を広げて近づいて来、三四郎の頭を撫でた。
「ごはん、キッチンに置いてあるから。食べなさい」
「うん」
「あ、そうだ。明日から集中講義が一週間あるから、昼のお弁当いるんだけど」
「分かった。適当に作って、テーブルに置いとく」
現在、フランスの学生たちは冬休みの最中だが、息子は一週間、予備校に通わないとならない。
例の最難関、合格率7%の大学を目指す学生のために、専門予備校が集中講義を開催している・・・。
他の大学と受験の仕方がまったく違うらしい。
そのシステム、父ちゃんにはさっぱりわからない。えへへ。
父ちゃんにできることは予備校代金(高い)を払うこととお弁当を作ってやることくらいなので、家に戻り、寝る前に、あり合わせのものでちゃちゃっと拵えてやった。
彼は3回目のワクチン接種が遅れたので、水曜日までワクチンパスポートが有効にならず、カフェなどに入れない。
なので、お弁当が必要というわけである。
どちらにしても、今週いっぱいはお弁当を作るつもりの父ちゃんであった。
とはいえ、急だったので、材料がない。
おにぎり、卵焼き、ソーセージ炒め、おしんこ、空いたスペースを埋めるためのサンドイッチという布陣であった。
食べ過ぎてお腹いっぱいになると眠くなるだろうし、少ないとひもじいだろうから、バランスを考えた・・・。
他の生徒はサンドイッチをパン屋で買うのだろう。
一人だけ、プラスティックケースに詰められた和風弁当だが、まぁ、これでよい。やはり、米の力は偉大である。
出来たお弁当を適当な袋につめて、テーブルの上に置いてから、三四郎を寝かせつけ、ぼくも寝ることにした。
昨日の日記にも書いたが、三四郎が我が家にやってきて、寝酒をやめたからか、よく眠れるようになった。
ぼくはショートスリーパーなので、普段は2時間程度で目が覚めてしまうのだけど、ここのところ、導眠剤も飲まず、7時間ノンストップで爆睡という日が続いている。
朝は、三四郎の、「ムッシュ、朝ですよー、くんくん」の声(鼻を鳴らす音)で目が覚める毎日で、我が不眠人生においては画期的な事態となっている。
今、ようやく開け始めた外の光を受けながら、この日記を書いている。息子が起きてきて、「この部屋、臭っ」と呟きながら、登校した。
三四郎と一緒にいるので、臭さがわからない。三四郎がおしっこしたばかりなので、くちゃいのであーる。獣だものね・・・仕方ないね。
彼の試験がはじまる、4月、5月、そして6月のバカロレアの試験終わりまで、辻家は臨戦態勢が続くことになり、その後、どこかの大学には合格するらしいから、笑、その大学次第で、ぼくらは今の問題だらけのアパルトマンを離れ、息子は寮生活、ぼくは小さなアパルトマンへ引っ越すことに・・・。
今年は、大きく、世界が動くのだ。
いくぞ、三四郎、1,2,3,4、郎ダァ!
つづく。
そして、朝ごはんを食べる三四郎
※、日記を書きながら、三四郎と遊ぶ、父ちゃんであーる。わんわん♪