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滞仏日記「ニコラとマノンが三四郎に会いに来た。1、2、サンシー、レッツゴー!」 Posted on 2022/02/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、一日、50万人の感染者を出していたフランスのコロナ感染状況が峠を越えたようで、今日一日の感染者数は8万人程度にまで下がった。
春が訪れる頃にはオミクロンがすっかり消え去ってくれていることを、願うばかりの父ちゃんである・・・。
そういう春の到来を予感させるような快晴の土曜日、近所に住む少年、ニコラ君とマノンちゃんが久しぶりに二人そろって、三四郎に会いにやって来た。
彼らのお父さんが年明け、オミクロンに感染していたので、ずっと会えずにいた。二人が濃厚接触者になったからである・・・。
お父さんは結局、高原検査では陰性になったものの、PCR検査では陽性が三週間以上も続いてしまった。
ぼくの周りは、そういう人が多かった。なかなかPCR検査で陰性にならない・・・。
ニコラとマノンは学校には通っていたけれど、もしも、感染していたら、ぼくにうつすかもしれないので、会いたいけど我慢していた、ということだった・・・。
連絡が途絶えたので、心配だったが、今朝、ニコラから、「お昼前に遊びに行ってもいい?」とメッセージが入った。(最近、携帯を持っている)
ニコラとマノンはドアを開けるなり、「わー、子犬だ、トロミニヨーン(超かわい)」と大騒ぎしはじめた。
さて、三四郎はどういう反応か・・・。

滞仏日記「ニコラとマノンが三四郎に会いに来た。1、2、サンシー、レッツゴー!」



それが、ちょっと不思議な動きをしてみせた。
まず、マノンには尻尾を振るのだけど、ニコラに関して言えば、じろっと様子を見ている。
子供だとわかるみたいで、この子は尻尾をふるに値するか、などなど、子犬なりに観察している感じなのであった。
ニコラが抱き上げようとすると、一瞬、噛みつく真似をしてみせる。
ニコラも生き物に慣れてないので、ビビって、へっぴり腰になってしまう。

滞仏日記「ニコラとマノンが三四郎に会いに来た。1、2、サンシー、レッツゴー!」

こうなると、三四郎はがぜん強気に出る。
ニコラの長袖Tシャツの袖に食らいつき、引き千切る真似をした。
「わあ、ムッシュ。噛んでるよー」
「こら、三四郎。ダメだよ。噛んじゃ」
ぼくは三四郎の口の中に指を入れて、ゆっくりと押し開ける。
「ムッシュ、怖くないの? 噛まない?」
「ぼくは噛まれたことないけど、ジュートはよく噛まれているよ」
ぼくは、わざと三四郎の口の中に自分の小指を突っ込んで見せた。
「三四郎、噛みたければ噛んでもいいんだよー」
でも、噛まない。
二人が目を見開いて、驚いた顔をして覗き込んでいる。
三四郎は「ムッシュ、いい迷惑なんですけど」という顔をしているが、でも、噛めない。ぼくは手のひらの柔らかい部分を口の中へと押し込んだ。あはは・・・。
三四郎、ぼくがしつこいので、ついに、手を舐めだした。
ほえー、と二人。
「なんでムッシュは噛まれないの?」
「うーん。この人は噛んじゃダメだって、三四郎なりにわかるんじゃないかな」
「じゃあ、ぼくは噛んでもいいんだ?」
三四郎が、今度はニコラのTシャツの胸のあたりに嚙みついた。ぼくはすぐに三四郎の口を押し開けて、シャツを取り出す。
「攻撃しているんじゃなくて、たぶん、じゃれてるんじゃないかな。友だちになりたいのか、それか、様子を見ているのかもしれない」
「なんの様子?」
「この子は、自分より、上か下か? 」
マノンが噴きだした。君は下に見られているのよ、と言ってニコラをからかった。
「私、噛まれないもの」
ニコラが三四郎をマノンに手渡した。三四郎、マノンの腕の中でおとなしくしている。あはは・・・。
確かにマノンには何か母性のようなものを感じるのかもしれない。おとなしい。
腕組みして、苦々しい目で三四郎を睨みつけるニコラ君であった。

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「犬って、おっかなびっくり接したら、そんな風になるよ。逃げたり、力を入れたらダメみたい。犬を怖がってるのが伝わるから、そういう人には試しに来る。ぼくは会った日から今日まで、一度も噛まれたことがないんだ」
「へー」とニコラ。
「逆にジュートは抱っこしても、ずっと噛まれてるよ。ニコニコしているけれど」
笑う、二人。
「ところで、君たち、最近はどうなの?」
訊いてみた。
「うん。大丈夫。感染はしなかった」とニコラ。
「パパはどう?」
「もう、元気になったよ」
「ママは?」
「ママも元気です。新しい恋人さんが一時期的に転がり込んできました」と、マノン。
「じゃあ、賑やかだね」とぼくは穏やかに話をまとめておいた。
ニコラがマノンの顔色を窺っている。なんとなく、暗い・・・。
「どったの?」
「別に、なんでもないよ」とニコラ。
「でも、コロナで仕事がないんだって」
「ああ、そうか」
「うち、狭いからね、4人だとちょっと・・・」
「じゃあ、また、遊びにおいでよ。三四郎もいるし」
二人が笑顔になった。
「三四郎ってどういう意味なの?」
ニコラが訊いてきた。
夏目漱石の話をしてもわからないだろうから、ワン、ツー、スリー、フォーって意味だよ、と説明した。1、2、サンシー、レッツゴー!
「へー、いいね」
でまかせだったが、悪くなかった。今度から、フランス人にはそういう風に説明しようかな。
三四郎とニコラとマノンがぼくを見て、何で、笑うの、という顔をした。
なんだか、いいよね?
「1、2、サンシー、レッツゴー!」
これはぼくからこの二人に贈るメッセージでもあった。

滞仏日記「ニコラとマノンが三四郎に会いに来た。1、2、サンシー、レッツゴー!」



ニコラとマノン、ちょっと会ってないうちに、ずいぶんと大きくなった。
親が離婚をして、それぞれの家を行ったり来たりしているようだが、この子たちは力を合わせて乗り越えているようなところがある。
コロナもきっと乗り越えられる。だから、人生の壁なんか問題じゃない。
彼らのお父さんが言っていたけど、マノンがニコラの母親代わりをしているようで、たしかに、久しぶりに会ったマノンが見違えるように大人になっている。
ちょっとマリア様っぽい・・・。
コロナ禍でもこうやって頑張っている子たちがいること、その子たちがこうやってぼくを頼ってやって来てくれること、そして、三四郎とも仲良くなったことなど、大げさな言い方ではあるが、人類の愛の連鎖を感じてならない。
「きっと大丈夫。いいかい、きっと大丈夫だ」
ぼくは三四郎と戯れる二人に向けて、日本語で、そう伝えるのだった。
「1、2、サンシー、レッツゴー!」
笑。



普段だったら、ごはんでも食べて行けば、となるところだが、今日は「中島君の日」だったので、昼前に二人を帰すことになる。
ところが、中島君ことエリックから12時にSMSが入り、前の家でトラブルがあり、今日は掃除にうかがえない、と不意打ちをくらわされてしまう。
結構、中島君、欠席率が高い・・・。月4回のうち、2回は休みだったりする・・・。
今日は、当てにしていたのだけど、仕方がないから掃除ロボットの五郎を稼働させ、あとはぼくが吹き掃除などをやった。疲れた~。
午後、三四郎を連れて、今日、2度目の散歩に出かけることになる。
行きつけのカフェで、甘いものを注文し、近づく春の訪れを心待ちにした父ちゃんであった。
あー、美味しかった。ということで、

つづく。

滞仏日記「ニコラとマノンが三四郎に会いに来た。1、2、サンシー、レッツゴー!」



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