JINSEI STORIES
滞仏日記「ボンジュール、父ちゃんのパリの冬ごはん。放送日迫るが編集いまだ終わらず」 Posted on 2022/02/18 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、明日、19日にNHKのBSで「ボンジュール、辻仁成のパリの秋ごはん」の再放送がひかえている。
23日の「冬ごはん」の本放送を前に盛り上げようとするNHKさんの意図が見える。
本上さんは春ごはん、秋ごはん、に続いて、冬ごはんもナレーションをしてくださった。めるしーぼく。
Lさん曰く、「今回の冬ごはん」の出来栄えはとってもいい、とのこと。
この数日、編集が大詰めだからであろう、Lさんから次々に質問が飛び込んでくる。
画面に映っているものは砂糖ですか?
じゃがいもを入れてからどのくらいオーブンで焼きますか?
などなど・・・。
質問だけじゃなく、地球カレッジで着物を着て執筆されていたお話がありましたが、驚きました、とか。
咲き誇る梅の写真も届いた。
Lさんとは気が付けば、喧々諤々でスタートした関係だったけれど、昨今、一番ラインでやりとりする仲になってしまった、・・・ただ、本心はわからない。
たしかZOOM会議の時だったと記憶しているけど(間違えていたらごめんなさい)、スタッフさんもいるというのに、
「そんなに面倒くさいご自分と辻さん自身が付き合わないとならないのが一番大変ですよね?」
と言われたことがあり、いまだに、参加したスタッフさんの間では、そんなことをぼくに直接言ったLさんの武勇伝が語り草となっている。
「ぬ、ぬぁにー」と思ったけれど、Lさんは、え、なんかまずいこと言ったかしら、という顔をされていたので、ちょっと無神経な人なんだな、とその時は思った。
一時期、犬猿の仲になったが、しかし、不思議と縁は切れず、なんと冬ごはんまで番組が続いてしまったのは、実に興味深いことである。
ぼくは嘘のない正直なこの人だからこそ(たまにはよいしょしてもいいんじゃないかな、とは思います)、確かに仕事が続いたのかもしれない、とは思っている。
Lさんの言う通り、ぼくは面倒くさい男だ。
そんなのは、読者の皆さんは百も承知なんだけど、・・・。そういう面倒くさい男に番組を直接依頼し、しかもロックダウン中に、それも自撮り番組なんてものを依頼するだなんて、考えてもみてほしいが、相当な勇気がある変わり者ではないか?
業界の人たちは、きっと、彼女の勇気を陰で称えていることであろう。NHKさんも含めて・・・。
「ぼくは別にそこまで言われて、やりたくないんですけどね」
と言い返すのがせいぜいであったが、
「でも、宣伝になっていますよ。辻さんご自身の」
とLさんの毒舌は続いたので、
「別にこんなに大変な撮影を全部任されてまでして恩着せがましく言われる筋合いはない気がしますけどね」
と言い返したのだけど「馬の耳に念仏」であった。
いやはや、それも、もはや遠い昔話である。
今は、表向き仲良しになったので、放送前に、一応、お伝えしておきたい。笑。
ただ、春ごはんのあと、秋ごはんを引き受け、冬ごはんまで作ってしまったのだから、ぼくも嫌々やったとは言い難い。
還暦を迎え、息子が巣立ち、三四郎がやって来るところのタイミングまで、自撮りできちんとおさえることが出来たので、ある意味、ぼくには意味ある記念番組となった。
いったい、どなたがこんな番組をご覧になるのであろう、といぶかっていたが、結構、ご視聴いただいているからこそ、3シーズンも撮影が出来たのかもしれない。
実に不思議な、信じがたい話ではある・・・。
日本時間の19日に再放送される「秋ごはん」はすでに遠い昔の出来事のようだ。どんな内容だったのか、もう思い出せない。
春ごはんに至っては全く思い出せないのである。
冬ごはんは撮影したばかりだから、もちろん覚えているけれど、それにしても、ぼくの人生というのは本当に波乱万丈である。
Lさんが言う通り、確かに面倒くさい人間だからこそ、あちこちでぶつかり、でも、まっすぐだからこそ、あちこちで問題を起こし、しかし、あまりに大馬鹿野郎だからこそ、Lさんみたいなよいしょをできないような無礼講な人が集まって来るのかもしれない。
やれやれ。
ネタばれになってはいけないけれど、「冬ごはん」の撮影期間、11月から2月いっぱいまで、本当にいろいろな出来事があった。
30年寄り添ってくださった秘書さんとの死別もあり、息子は成人し、三四郎と出会い、息子の成人は想定内だったが、秘書さんとの死別、三四郎の出会いは全く予期できぬことであった。
現実があまりにリアル過ぎて、思わずカメラを回せない瞬間もかなりあった。
撮影は無事に終わったけど、撮影期間、実はカメラに残せない、日記にも記せない様々な出来事がぼくを襲っている。
コロナ禍だし・・・。
全部を任せていた秘書さんの急逝はいまだにぼくの人生を大きく揺さぶっている。個人事務所の本社の移転も含め、発見されないパスワードなど、混乱はいまだ続いている。
ぼくは日本に戻れないので、弟の恒ちゃんや仲間たちに助けられている。
でも、そういうところは記録されていない。
しかし、映像にも行間があり、悪ふざけをしている場面でも、ぼくは前を向き、この番組の撮影に勢力を傾けることでその辛い時期を乗り越えようとしているところはにじみ出ているかもしれない・・・。
皆さんが、この番組から何を感じて貰えるのか、ぼくは気になる。
でも、結局、ありがとう、しかない。
最後に、ぼくが「冬ごはん」の中で言いたかったことは、皆さんへの感謝であった。
ありがとう。
つづく。