JINSEI STORIES
滞仏日記「子犬育ては最初が肝心、父ちゃん心を鬼にして鬼辻大魔神に大変身」 Posted on 2022/02/04 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「ぼくは今日こそ、鬼になって、三四郎を躾けないといけない」
朝、ぼくが掲げた今日のテーマがこれであった。
というのは、ぼくが息子と食堂で食事をしはじめると、三四郎がドアのところまでやってきて、「わんわんわんわん!」と吠えるのだ。
ぼくが抱っこしていれば、レストランでも、どこでもじっとしていられるのに、ドアを閉めた途端、不安になるのであろう、大騒ぎをする。彼の心理は理解できる。
ただ、ドアを開けてもいいのだけど、キッチンや食堂にはいろいろ子犬には危険なものが溢れている。
うちは古いので建付けが悪く、変なところに入り込まれると命の危険もある。
長年の水漏れで漏電部分があり、まだ工事が終わってないのだ。
三四郎の命を守るためにも、厳しく躾ける必要があった。
三四郎が大人になれば、サロンや仕事場や、多少安全な部屋への出入りを許可したいと思うが、今はダメなものはダメだとはっきりと教えていく必要がある。
そこで、今日はぼくなりに考えた「躾け大作戦」を行うことにした・・・。
ということで「鬼辻」に変身をした。へんしーん。
ふふふ、わてが鬼辻であーる。
ぼくと息子が食堂でごはんを食べ始めると、ドアの向こう側で三四郎が「きゃんきゃん」吠えだした。
鬼辻はドアをあけ、吠える三四郎をじっと睨みつける。
大魔神という映画(1966年)が昔あったが、あんな感じを想像して頂きたい。
胸を突き出し、両手を少し開いておろし、顎に力をいれ、怖い目つきで、三四郎を見る。
もちろん、お構いなしに、三四郎は食堂に飛び込んでくるので、鬼辻大魔神は、足でその行く手をことごとく、ブロックしていく。
遊んでいると思われてもいけないので、心を鬼にして、足にしがみついたら、振り払う。
そして、大魔神は足を大きくふりあげ、三四郎の前にズドーンとぶちこみ、腹の底から響き渡るアルトの声で、
「こらぁ、子犬めー、わんわん吠えたら食べちゃうぞー」
とすごんでやる。
三四郎が可愛い顔で、くうーん、と鳴いても
「ダメだ、ダメ、しー---」
と唇を突き出し、絶対怖い顔をやめない。
眉間をぎゅっと引き締め、目を見開き、その中心から戦艦大和の波動砲を発射するのであーる。
それでも、三四郎はひるまず、吠え続けるのだが、何度か、これをやっていくと、
「わんわんわんわんわんわん。(あれ、いつもの父ちゃんじゃない、優しいパパさんじゃないよー)」
と気が付きはじめ、きゃんきゃんだった甲高い鳴き声に翳りが出始める。
それでも、三四郎はドアの向こう側まで来て、わん、とか、くううううん、とか呻きながら、前脚でドアを引っ掻くので、ぼくは大魔神になって、しつこく、
「こらー---、何度言ったらわかるとかー---」
と、どすんどすん、やるのであーる。
心が痛む、でも、この子のためだ。
これを繰り返していると、本当に怖いと思ったのか、三四郎は尻尾をふりながら、ロッキングチェア方面へ撤退をはじめ、・・・椅子の影からこっちを見るようになった。
大魔神は胸を張り、あらんかぎりの筋肉を総動員し、ボディビルダーの格好までして、さらに怖い顔を作り、睨みつけてヤッターマン。
三四郎の目が見開き、げ、なんか、へんだ、という顔になって、ふっていた尻尾が次第に萎えていった・・・。
それでも睨み続け、、
「パパはごはん食べてるんだ、もぐもぐもぐもぐ。邪魔する子犬は食べちゃうぞ」
と低い声で、演技ばっちり、すごんでみせると、三四郎は顎先を床に押しつけ、視線を逸らし、反省しているようなポーズをとるようになった。
そこで大魔神は映画のように、ゆっくりと(ここはちゃらちゃら帰ってはいけない)のっしのっし、食堂へと帰還していくのであーる。
ドアを閉めて、ふふふ、とテーブルに戻り椅子に座った。
すると、遠くで、わん、と吠える。でも、遠い叫び・・・。
「パパ、なんかちょっと訊いているかも、声のトーンが下がったね」
これをしつこく、続けて、父ちゃんが怒っていることをきちんと伝えること十回。
すると三四郎は吠えなくなった。
諦めたのか、理解できたのか、怖いのか、ドアに近づいてこない。
こっそりと様子を見ると、自分のハウスの前で、クマのぬいぐるみを足で踏みつけて大魔神になりきっていた。
ともかく、胸は痛んだが、今は躾けの時期なので、頑張るしかない。
あの声で吠え続けられたら、心優しき隣人たちも辛かろう。これは親の責任である。
知り合いたちから「最初が肝心」とたくさんメッセージを頂いたので、父ちゃん、心を鬼にして、大魔神になって頑張るでござーる。
一時間後、ぼくはぐるっと遠回りをして、仕事場から顔をだし、今度はアルプスの少女ハイジに出てくるアルムおんじーみたいな感じの優しい顔で、
「さんしろー、さんしろー、そこにおったのか、こっちへおいで」
と優しい声で呼んでやった。
最初は、目を見開いて、こいつ、同じ奴かな、と思っていた三四郎だったが、アルムおんじーになりきった優しい父ちゃんの演技が功を奏したのか、三四郎に向けて手を差し伸べると、不意に尻尾を振りだし、飛んできたのであーる。
「パパさー----ん。会いたかったよー---」
父ちゃんは三四郎をひしと抱きしめ、包み込むように抱きかかえ、ロッキングチェアの上で抱っこをしてあげた。えへへ。
そこから一時間、仲良く昼寝をした2人であった。
つづく。