JINSEI STORIES
滞仏日記「慣れてきたのはよかったが、だんだん調子こいて、手に負えない三四郎」 Posted on 2022/01/24 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、三四郎、3日目の夜も、2日目同様、鳴かず(吠えず)に、おとなしく一人で寝てくれた。
と同時に、犬との暮らしが次第にぼくと息子に新しい規律というかリズムをもたらしてきた。
長年、ぼくは息子を中心に生活してきたが、3日前からその中心の多くの部分が三四郎に移行し、朝は7時半には起床、8時には朝ごはんを出すようになった。
昼ごはんはもちろん、夜も普段は眠れなくて明け方までだらだら起きていたのだけど、それが出来なくなり、23時くらいから三四郎を寝かせに入り、彼が寝てくれたら、ぼくも24時前後にはベッドに潜り込んでいつもより早めに、さっさと寝るようになった。
ぼくは夜尿症気味だったけれど、トイレは三四郎の部屋の向こう側にあり、そこを通過すると彼を起こしてしまうので、夜はトイレを我慢するようになった。
とくにハイボールとかビールを飲み過ぎるとトイレ回数が増えるので、ぼくにしては相当に珍しいことに、寝酒をやめることになった。
その結果、夜中にトイレに起きなくても、済むようになった。(人体の七不思議)
規則正しい生活が辻家にやってきたのであーる。
一日、二回の散歩。10分で帰るつもりなのだけど、エッフェル塔周辺をぐるぐる回ると、一時間なんてあっという間に過ぎてしまう。セーヌ川まで足を延ばすと、さらにもう30分は延長となる。
馴染みのスーパーなどに顔を出すと、店員さんが集まってきて、オオー、トロミニヨーーン(超きゃわいい)となるので、散歩が一大イベントとなった。
三四郎のカカ(うんち)の回数は一日、3回。
決まって食後30分以内というのも分かってきた。
しかも、カカの前に必ずピッピ(おしっこ)をする。
カカとピッピが連動していることも分かった。
食後、30分は目が離せない。そわそわし始めると、彼はおしっこシートまで行き、ちょっとおしりを浮かして、シャー。
シートへの着弾率は65%くらいまで上昇した。驚くべきことにカカに関しては90%の着弾率となった。
着弾する度に、
「ブラボー、ブラボー、三四郎、セビアーーーーン(いいね)」
と大げさに褒めてあげてきたことがいい結果を招いた要因の一つのようだ。
しかーし、である。
※ 昨夜は手作り餃子にした。皮パリ、中はもちもちジューシー。三四郎はアニョー(羊)のドッグフードでした。
おしっことうんち、そして夜は鳴かなくなったけれど、辻家に慣れ始めたこの子は、めっちゃ悪戯をするようになった。
ブリーダーのシルヴァンのところでは借りてきた猫ちゃんみたいに大人しくて、ぼくを心配させたが、
「いいや、ムッシュ。ご心配なく、そのうち、吠えるようになるし、本性を出しますからね。気を抜かないでくださいよ」
と犬の園を出る時にシルヴァンが言い残した通り、三四郎君、本性出しまくってきた。
成長期なので、歯がムズムズするのは仕方がないが、とにかく、いろいろなものを嚙み始めた。
甘噛み用のおもちゃやお菓子は相当に買い込んでいるのだけど、そういうものには目もくれず、まずやられたのは、モロッコで買ったベルベル人の赤い飾り絨毯。
ううう、これはそれなりに高価なもので、父ちゃん、ショックであった。
ただし、玄関間には家宝の帝政イラン時代の絨毯が敷かれてあったのだけど、これはそうなることを予想して三四郎が到着する前に隣の部屋に移しておいて大正解であった。
ベルベル人の飾り絨毯は中国の古い皇帝椅子の後ろにかけてあり、いわば、死角にあった。三四郎がよく椅子に潜り込んでいるのは知っていたけど、ちょっと物陰っぽくて落ち着くのかな、とほったらかしておいたら、今朝がた、床に何か赤いもの、よく見ると、糸とか切れ端が散乱していたので、えええ、とようやく気が付いた父ちゃん。
しかし、時すでに遅し・・・。
高価な飾り絨毯の角っこが食いちぎられていたのであーる。
そのような被害が続出してきたので、貴重品は隣の部屋に逃がすことになった。
「ダメじゃん、三四郎。ダメ、ノーノーノー」
とその都度、注意をするのだけど、このような目をして、ぼくに悪戯っ子ぶりをアピールしてくるのであーる。
こんな目は卑怯ズラ・・・。
何か大人しいな、と思っていると、必ず、悪戯をしているのだ。
それが本当に人格が出ているというか、犬格が出ていて、わかってやってるのがよくわかる悪戯ぶり、将来が思いやられる。
何か悪戯をして、ぼくが怒るのを楽しんでいるようだ。
というのは、ぼくは三四郎から目が離せないけど、仕事もしないとならないので、ロッキングチェアで集中してパソコンを叩いている。
そうなると構ってもらえないのが分かるから、あえて、何かやらかして、自分に父ちゃんの目を向かせたいのである。
で、何かやらかしたことを言いに来ることもあり、そういう時に、こんな卑怯な目をするのだ。ううう、可愛いから許しちゃう、ダメな親ばか父ちゃん・・・。
あと、カカとかピッピを見事に着弾させると褒められることがわかるからか、そういう時はぼくに飛び込んできて、ぼくの膝の間で、腹をみせるのだ。
ぼくにお腹をさすってほしいのである。
犬はなかなか腹を見せないと昔、何かで読んだことがあったけど、この子は、ここに来た時から、しょっちゅうひっくり返って足と手を開いて、心をさらけ出し続けている。
「ちゃんとうんち出来たねー、偉いねー、サンシー、偉いねー」
すると、ひっくり返って、腹をだし、
「さすれやー---」
となる。あはは。
一生懸命、奉仕する父ちゃんは、愚か者。
しかしであーる。
父ちゃんはまだ家長だと思っているし、餌をくれる人だから、それなりにリスペクトはあるのだけど、三四郎の我が息子への対応はなかなか辛辣で興味深い。
「三四郎、おいで」
と勉強がひと段落した受験生の息子が笑顔でやってくると、三四郎はもちろん、尻尾をふりふりしながら、我が子の腕の中に飛び込むのだけど、息子もまだ犬には慣れていないから、可愛がり方が手ぬるい。
そこらへんでちょっと三四郎にうちの子は下に見られている節がある。
とにかく、三四郎は息子の靴下を噛みちぎろうとしてくる。靴下だけじゃなく、トレーナーとか、シャツとか、ズボンも噛みついて引っ張って離さない。
「三四郎、ダメ、ノーノーノー」
とぼくがそれを振り払うまで噛んでいる。
息子は、痛い痛い、と言いながら、やられ放題。
やめてくれよ~、とか笑いながら逃げ回るから、それが面白くて、三四郎は手加減をしなくなる。
ぼくはちゃんと怒ることが出来るから、ぼくのを噛んでも面白くないのは重々承知なのだ。
主従関係というのが世の中にはあるけれど、我が家の三四郎的目線での順は、以下のようである。
三四郎>父ちゃん>息子
※こちらが愚か者の父ちゃんであーる。NHKBSの「ボンジュール、辻仁成のパリの冬ごはん」撮影がほぼ終わりました。放送日は知りませんが、三四郎もちょっとだけ、登場しますね。ちょっとだけ・・・。撮影する余裕がなくて・・・。笑。
それでも、息子は三四郎が大好きで、噛まれても噛まれても、三四郎のところにやってきて、にやにやしている。
三四郎の部屋(玄関間)が今は辻家のたまり場となった。
夕食後、寝るまでの間、1,2時間、ぼくらは3人でそこで寛いでいる。
これを幸せと言わず、何を幸せと呼ぶのか、・・・ご存じでしょうか?
つづく。