JINSEI STORIES
滞仏日記「幸せ一転、絶望的もう無理だわ、限界マックスな父ちゃんの巻」 Posted on 2022/01/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、とにかく、我が家に三四郎がやってきて、世界が一変した。
子育てとはまた全然違う、生き物、それも子犬との生活はもちろん幸福や喜びも想像以上だったが、当初から予定していた通り、現実的な大変、は子育てに負けない壮絶なエネルギーを吸い取られることになり、今朝がた、いきなりの限界マックスを経験してしまうことになった、父ちゃんなのであーる。
昨日の日記の続きになるが、あっという間に、ぼくに心底懐いてくれた三四郎、これは心配を一瞬で払いのけるような幸福をぼくに持ち込んでくれたのは間違いない。
何せ、赤ん坊の三四郎、そこはまだこの世に生を受けて3か月目のミニチュアダックスフンドなのである。
ぼくへの甘えというか、ぼくがいないと生きていけない感が半端なく、親とかそういうレベルをも通り越して、壮絶なパラサイト感でぼくを寝かさないし、離さないのである。
ぼくが少しでも離れると、キャンキャン、吠え始め、止まらない。
ノー、と言い返すと、ヤダヤダヤダ、ヤダモーーーン、と千倍返って来る。
その訴え方が半端ないのだ。
ハウスの中でジャンプしながら、去ろうとするぼくを呼び止め、これが一時間ほど続き、夜の22時を過ぎているので、さすがに近所迷惑になるのは困ると、ハウスの鍵を開け外に出したら、今度は、どこまでも付いてくる。
仕方がないので、寝室の入口を開けて、三四郎が入室できるスペースを作ってやることにした。
トランクやギターを並べて、衣類などがある方へは行けないように、寝室を分割したのだけど、なのになのになのに、あんなに短足なのに、ベッドに飛び乗ろうとして何度もジャンプをしてきやがーる。
ダメだ、と言ったら、ヤダヤダヤダモーーーーーーん、と千倍返ってきた。
ちょうど、真下は例の「ギターの音がちょっと煩いですね」と文句を言いに来たムッシュ・丸眼鏡さんの寝室なのである。
そして、上はジェローム夫婦の寝室なのである。天井も床も薄いので、このキンキン声は必ず聞こえているはず、ううう。
「頼むよ、サンシ。ぼく、ここで生きていけなくなっちゃうよ」
「ヤダヤダヤダヤダモーン」
ただ、抱っこをしたら、鳴き止むのである。やれやれ・・・。
無償の愛、きついっす。
息子は自分の部屋のドアをしめて、受験生を盾に、関わらない姿勢・・・。
自分が愛とか可愛いを教授したい時だけ、抱っこしに顔を出す。
これは、まだ、本当の愛ではない!
夜中にまたまた変な吠え方をしたので、れれれ、と様子を見に行ったら、床の二か所で、おしっことうんちー-----。
く、そこじゃないでしょ、サンシ、三四郎!!! シーツの上だよ。おしっこシーツ。(もちろん、前回のおしっこをそのシーツには数滴たらしているのだけど、見事に、5センチ横でやってくれた。うんちは、またもや玄関ドアの前で!!!
やれやれであーる。
ぼくが床を消毒している間も、ぼくにまとわりつき、尻尾を振っている三四郎君であった。あはは・・・。そうじゃないんだけどね・・・。
しかし、これで寝てくれるなら、御の字なのである。ところがそうは問屋が卸さない。
現実は壮絶で、ぼくは何度も、過去日記を全て削除したろうか、と思ったほどであった。えへへ・・・。
ともかく、まとわりついて、鳴き続ける三四郎。
今日は初日だし、見知らぬロン毛のおっさんに引き取られ、超田舎から大都会パリへと連れてこられたのだから、寂しいのは当然・・・。
ぼくは頑張らないとならない。
本来なら、NHKの番組「ボンジュール、冬ごはん」のために自撮り撮影したいところだけど、さすがに、回せない。
そんな余裕なんてないっすー--。
仕方がないから、ふわふわ三四郎ベッドマットをぼくの寝室にもちこんで、しかも、ぼくの匂いがついたスリッパをその横にくっつけて置く作戦に出てみることにした・・・。
「ここなら、寝てくれるかい」
「ううううううう」
なんとなく、不服だけど、ハウスの中で寝るよりはいいと思ったのか、一応、落ち着いてくれたので、ホッとしたのも束の間、深夜二時くらいに、
「ううー--ん、ううー--ん、きゅー--ん、きゅわー----ん」
とか、寂しさを訴えはじめた三四郎君なのである。
いつ、ワン、と吠えられるかとドキドキしながら、様子を見ていたが、一時間経っても、きゅわわー-ん、収まる気配がない・・・。
しかも、だんだん、大きくなっている~。
こっそり、布団の中から見ると、ぼくのスリッパに頭を突っ込んだりしながら、パパ、どこにいるのー、といじけている。その行動の奇抜さに、思わず、ガタっと音をたててしまった父ちゃん。やばい、目が合った。おお、キュートな瞳に胸が締め付けられる。
しかし、犬をベッドにあげたくはない。ぼくは超神経質なのだ。
その上、そこまで甘やかすと、とことん甘やかさないとならなくなるので、線引きを厳しくしたい、でも、可愛そうだ、の繰り返し・・・。
きっと、生まれてこの三か月間は他の大きな犬たちに揉まれて、もしかすると、イジメを受けてきた可能性もある。
というのは、最初から気が付いていたことだけど、鼻のすぐ後ろに犬の牙で噛まれたような白い傷が二か所あるのを発見していた。
ブリーダーさんには聞けなかったが、山奥の犬の園、そこにも、ヒエラルキーは絶対あると思う。何かトラウマがあるかもしれない。
そういう幼い頃(といってもまだ生まれて、3,4か月)の彼の人生を想像し、胸がさらに締め付けられた父ちゃん、腹は相当に立っているのだけれど、仕方がないので、ついに、三四郎のベッドマットをぼくのベッドの真下ににもって来て、そこに足を垂らし、三四郎のお腹の下にぼくの足先を潜り込ませ、きゅわわー-ん、と唸ったら、親指で三四郎のお腹をくすぐるというのを彼が寝落ちするまで続けていたら、・・・朝になった。あへ。
息子が8時半に起きてきて、
「かわいいね。昨日はどうだったの?」
というようなことをぬかしやがったので、
「地獄だったけど、何か?」
と返した父ちゃんであった。
※ 三四郎、パリのカフェ、初体験!!!
息子が登校した後、朝ごはんを食べさせ、その後、やっぱり、床で、おしっことうんちを見事にやらかし(ぼくのアパルトマンは築120年超なので、床がそもそもボロボロ。なので、拭けば済むのは便利であーる)、ぼくがその消毒にてんてこ舞いしていると、ぼくの周囲で飛び回って、尻尾を振って、嬉しそうにはしゃいでいる三四郎。やれやれ・・・。
食後、近所に散歩に連れていくが、一歩、家から外に出ると、震えだし、借りてきた猫になる三四郎。
リードを引っ張っても動きゃなー--い。
父ちゃんのランニングコースをほんの百メートルくらい歩いて、きゅわわー-ん、と訴えだしたので、お散歩バッグにしまって、家路ー。
料理をする時間とかないので、冷凍食品をチンして、昼に食べることにした。
でも、この辺から、ちょっと変化が起きた。
食堂と三四郎の部屋(玄関)の間のドアを試しに閉めてみたのだ。
ずっとこの関係はよくないし、ぼくもドルドーニュでのトリュフ狩りツアーからの今日なので、心身ともにぼろぼろになっている。
これ以上はもう無理だ。どうしよう。
ぼくに出来ることには限界があるんだ。すまん、三四郎・・・。
ここは心を鬼にして、一人でランチをすることに、ごめんね・・・、と、ところがである。
ドアのガラス窓から覗いたら、三四郎、一人遊びをしているじゃないか・・・。
おおお、やった・・・。30分ほどの短い時間ではあったが、ぼくはやっとワイン&ランチを満喫することが出来たのであーる。
いい兆しであった。想像するに、彼がぼくのことを信頼してくれたのだろう。
こんな場所に連れてこられ、最初は心配だったけれども、でも、この人はきっといなくならない、と思ってくれたのじゃないか。
まさに、この子がぼくを信頼してくれた瞬間でもあった。
そして、さらに、ぼくと三四郎の関係が前進することになる。
ぼくはロッキングチェアに足を載せるオットマンがあったことを思い出したのだ。
それをサロンから持ってきて、試しに、オットマンの下に三四郎の四角い方のベッドをこっそり入れてみた。
す、すると、三四郎がオットマンの下のベッドに潜り込んで、こちらの写真のような感じに・・・。
おおお、やった。
ぼくが椅子に座っている間、三四郎はそこで昼寝をしていた。(昨夜、あんなに騒いだので眠たかったのかもしれないが、大進歩であーる)
そこでぼくは、何度か、三四郎の部屋から違う部屋へと移動をして、ドアを閉めて、彼を完全に一人にして、試すことに・・・。
うちの各部屋に通じるドアにはガラス窓がついているので、観察しやすい。
10分、20分、・・・鳴かない。
おお、やった・・・。
もしかしたら、今夜は吠えないで一緒に寝てくれるかもしれない。
夕方、エッフェル塔の下を2人で散歩した。
ぼくのうちはエッフェル塔の傍なのであーる。
あはは。一度、エッフェルさんにご挨拶をさせたかった、父ちゃん。
自撮りで三四郎をパチリ。
おお、エッフェル塔様が喜んでいる。
そして、その一帯には、パリのわんこちゃんたちがめっちゃ集まっていて、リードを引っ張っても、動かない。
ビビりまくる三四郎であった。
つづく。