JINSEI STORIES
滞仏日記「最近、息子との仲がちょっと回復傾向に。再び会話が戻ってきた・・・」 Posted on 2021/12/24 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、前回、クリスマスプレゼントのかわりに、父ちゃんが長年使用してきたお古のカメラ、キャノン5Dを永久貸したからか、そのカメラが媒介となって、なんとなく会話が増えた辻家なのであーる。
「どう? あのカメラ」
「うん、いいよ」
「ピントの合わせ方、わかる?」
父ちゃんは偉そうに、ピントの合わせ方などを教えてあげた。
「実は昨日、トマをモデルに撮影したんだ。見る?」
そう言って、息子がカメラを持ってきて、写真を見せてくれた。
トマだけじゃなく、仲間たちが、モデルさんみたいにパリの街角で佇んでいる、かっちょいい写真ばかりであった。へー、と思わず、唸った父ちゃん。
「動画はないの?」
「あるけど、まだちょっと少ないよ」
トマが街角をモデル歩きしている。最後の方で、我慢しきれず、ふきだし、笑ってカメラを見た・・・。青年の初々しさが記録されていた。
しかし、携帯カメラの撮影とは明らかに違う、奥行き? 深度があって、悪くない。
パリのモノクロームな世界観の中で、今時の若者たちの日常が撮影されていた。
というか、この子たち、みんなかっこいいじゃんか・・・。
なんとなく、息子も背がまた伸びたみたいで、逞しく成長していた。
来月、18歳になる。そりゃあ、もう、大人なのだ。しっかりしている・・・。
カメラを永久貸ししたのは、いいアイデアだったかもしれない。
もう、ぼくの時代じゃないし、ぼくの出る幕もないので、こういういいカメラは次の世代に手渡して、作品作りに役立ててほしい。
「15年も前の古いカメラだけど、でも、オートフォーカスの使いやすいものにはないマニュアルのすばらしさがあるんだよね」
と息子が偉そうに言った。へー、いいこと言うなァ、と思った。
「パパ、これ、とってもいいカメラだよ」
「うん。大事に使ってくれよ」
カメラを嬉しそうに両手で抱えている息子を見て、なんか、嬉しくてしょうがない自分がいた。自分がインディーズの映画製作をはじめた頃のことを思い出した。
この古いカメラがこの子に何か新しい感性を植えていくのか、と思うと、不思議な気持ちになった。
「映画とか作ってみたらいいじゃん」
「うん、そうだね。もう、だいたい使い方わかったから、いつかやってみる」
そうだ、そのためには、こうやって、いい機材を持つことが大事なんだ。ぼくのお古を息子に手渡す、それが再びこのカメラに新しい色彩を与える。
これは、素晴らしいことだった。
「あ、そういえば、はじめて音楽でギャラが入ったよ」
「え? マジか。ギャラ? 誰がくれたの?」
「スポーティファイ」
「マジか。君が歌ってる曲か? どれくらい聞かれてるの?」
「10万再生回で、10ユーロの初ギャラだった」
ぼくは噴き出した。(すまん、すまん・・・)
10万再生もされているのに、10ユーロか・・・、いいんだか、少ないんだか、ちょっとわからないけれど、でも、いや、すごいことじゃないか・・・。
ぼくは自分のことのように、とっても嬉しかった。
10ユーロはさておき、10万回も誰かがどこかで息子の音楽を必要としているのだ、と思うだけで、父ちゃんは嬉しい。
小さな一歩だけど、この子の中で、着実に何かが成長を遂げている。
(ちなみに、息子は本名で音楽活動はやってない。アーティスト名があるらしく、実は、ぼくも教えてもらえていない。教えると、ツイッターとかに書かれてしまうから、そっと、活動したい、とのことで、かっちー-ん)
※ 売れ残ったクリスマスツリーのこの悲哀・・・。たまらん。
ともかく、会話が戻ってきても、あまり、調子に乗って、根掘り葉掘り聞かないように心がける父ちゃんだった。
何か、必要なことがあれば、訊いてくるだろうし、その逆の場合は、彼が自分で判断をし、自分で決めていくしかないのだから、ここはそっとしておくのがベストである。
あと、ちょうど3週間で、息子は18歳になる。
そこで子育てが終わるわけではないけれど、その日は、ぼくにとって、子育て第一弾ロケット切り離しの瞬間なのである。
そこからは成人した息子とぼくが新たな気持ちで向き合っていくことになる。
今日は、ロジェの肉屋に行き、クリスマス用食材を大量買いした。
パンタードを一羽、鴨のソーセージなどを数種類、ロジェの奥さん手作りのフォアグラ、そして、ペリゴール産のトリュフも買った。一年に一度の贅沢買いである。
今日は地球カレッジでパリ市内のオンラインツアーがあり、夜は作る気力まで残ってないだろうから、たぶん、出来合いで終わらせる、少し寂しいイブになるのかな・・・。
でも、25日は、朝から、鳥をオーブンに入れて、慎ましいけど、辻家らしいクリスマス料理を拵えてみたい。
毎年、同じ肉屋で同じようなものを買うので代り映えしないものが並ぶことになるのだが・・・・、いや、しかし、それが逆にクリスマスらしい、とも言える。
スポーティファイの初ギャラを祝う夜にしよう・・・。
クリスマスは鶏のオーブン焼き、そして正月はおせちというのが、辻家の定番なのであーる。
いろいろとあった2021年もあと少し。
最後の瞬間まで頑張って父ちゃんは前進するのであーる。えいえいおー。
ということで、笑、最後のお知らせとなります。
12月24日は、辻仁成と歩くクリスマスイブのパリ・オペラ地区オンラインツアー「ギャラリー・ラファイエットの巨大クリスマスツリー前からヴァンドーム広場まで」
2021年12月24日(金)19:30開演(19:00開場)日本時間・90分を予定
【48時間のアーカイブ付き】
※アーカイブ視聴URLは、終了後(翌日を予定)、お申込みの皆様へメールにてお送りします。
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※ 当日はギャラリーラファイエット屋上からパノラミックな世界を御覧頂く予定の生配信を準備しておりますが、天候など様々な理由で一部変更になる可能性もあります。入念な電波チェックはしておりますが、各階の移動時に若干、電波が乱れる可能性もあります。また、当日は嵐ではないかぎり、決行します。そして、ZOOMより画像のキレイな高画質のVIMEOシステムを採用させてもらいます。大画面でもお楽しみいただけます。