JINSEI STORIES

退屈日記「かっちーん。受験迫るも全く勉強しない息子、すでに諦めの境地の父ちゃん」 Posted on 2022/04/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、こんなことは言いたくないけれど、一週間後に迫った息子のお受験、ぼくの予想では98%超無理だと思っている。
難関校なのでもともと彼の合格する可能性は7%程度なのに、「パパ、ぼく受かる可能性は結構あるんだよ。日本人だし」と訳の分からないことを豪語している始末。
そこには何の根拠もない。
モチベーションレターがうまくかけたと喜んでいたけど、息子の動機がぼくにはわからない。
「日本人を武器にして、突破する、みんなと違うことがぼくの武器だ」と誰かの受け売りをそのまま信じている、ところが浅い。
お馴染み、オペラのうどん屋国虎の野本氏には3人の聡明なお嬢さんらがいて、皆さん、いい大学を出ているが、その一人、次女の夏音ちゃん曰く、「あの頃、死ぬ気で毎日勉強していました。
そうじゃないと、フランスの大学はレベルが高くて入れないのです」と言われ、毎日、自分の部屋で寝るまで歌ったり、映像編集をしたり、仲間たちとゲームやってる息子に、「勝ち目」がないことは明らかであった。
しかしも、夏音が通う高校はフランスでもトップ中のトップの有名校、うちの子が通う学校は普通の私立高校なのである。息子は現実を何も分かってない。
「パパ、そんなことないよ。ぼくの担任は、君は独特のものを持っているから受かる可能性がある、と言ってたし」



この先生のことは悪く思ってないけど、この発言には根拠を見つけられない。
こんないい加減な言葉に縋って何もしない息子が受かるなら、ちょっと真面目な子はみんな合格しているはずだ。
現実を見ろよ、と思うのだけど、いかんせん、もう受験一週間前なのである。
相変わらず彼の部屋からヒップホップの歌が聞こえてくる。やれやれ。
昨夜、チキンのマスタードクリームソースを拵え、(おかわり自由)食べさせた。
「どう、勉強の方?」
「いいよ」
「大丈夫そう?」
「うん」
「ゲームやってる音しか聞こえてこないけど」
「そんなことないよ。合間にちゃんと勉強してるよ」
「(合間? 逆やろ)あと一週間なんだから、ここは頑張った方がいいぞ」
「うん」
「あと、最近、よく外食しているけど、今、コロナに罹ったらすべてが台無しだからね、分かっている?」
「分かってる。マスクつけてるよ」
「この週末は家で食べるよね」
「え? 土曜日は、トマたちとオペラで食べる」
かっちー-ん。
でも、ぐっと堪えた父ちゃんであった。
それに、今更、勉強しろと言っても間に合わない。
担任がそこまで言うなら、ぼくの出番などはない。ここでがみがみ言って喧嘩ともなれば、彼の精神状態をおかしくさせるだけ・・・。今はとっても安定しているので、このまま突破させたい。
この子はやれば出来る子なんだけど、必死さがない。
これはもう、ぼくの育て方に問題があった、と自分を責めるべきことなのだろう。



「本当に、どこかの大学には入れるんだよね?」
「それは間違いない。パパ、あんまり心配しないで。政府がそう言ってるし、ぼくはちゃんと学校や予備校の先生たちとも話し合っているし、9月にはどこかに在学している」
チキンクリームはいつものごとく、完璧なうまさであった。
息子は一枚目をペロッと平らげ、二枚目に手を付けていた。
最近、食べる量が半端ない。18歳の男子なのだから、当然であろう。
大学に入り、一人暮らしを始めたら、もう作ってはやれないので、せめて、今はバカロレアが終わる、6月末まで、ぼくはせめて栄養あるごはんで援護し続けていきたい。
この心配が杞憂であればいいのだけれど・・・。
そういえば、昔、「一言文句を言う前に、ホレ、おやじさん、ホレ、おやじさん、あなたの息子を信じなさい」というクレージーキャッツの歌があったっけ・・・。
あの時代は無責任で世の中渡り歩くことが出来たけれど、今は違う。時代が違い過ぎる・
無責任時代を生きたシングルファザーの父ちゃんは憂鬱なのである。ぼくには見守ることしかできないのだから、・・・
父ちゃんの苦難は、あと、3か月ほど続く・・・。

つづく。

退屈日記「かっちーん。受験迫るも全く勉強しない息子、すでに諦めの境地の父ちゃん」

ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。


父ちゃんのライブ日程ですが、
8月8日がどうやら、関西のどこか、
8月12日が関東のどこか・・・。
決まり次第、ご報告します。
さらに、NHK「冬ごはん」の再放送が決まりました。
NHKBSプレミアム 「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【再放送日時】 2022/4/19 (火) 14:44~15:43

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