JINSEI STORIES

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」 Posted on 2021/11/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝起きたら、メールボックスに「秋ごはんの再放送決まる」というメッセージが入っていた。
「NHK BSプレミアム 
11/28(日)お昼12:00~12:59
日曜お昼の再放送が決まりました」
日曜日のお昼って、すごいことだけど、「冬ごはん」の撮影をはじめようと思っていた出鼻をくじかれた感じで、前作よりいいものなんて、撮れないし、さて、どうしたものか、と頭を抱えてしまった。
ま、ぼくはこう見えても不安定な人間だから、続けてこのペースで撮れるか、わからない。
結局、今日は保険会社さんは来なくて、写真を撮影し、送ってほしい、と言われて送ったら、「染みが出た範囲の平米数からすると400ユーロ(約5万円)ですね。ご自身で直してね」と言われた。ご自身で?
ともかく、屋根が飛んで雨風が吹き込んで、出来た染みを保険会社さんが面倒を見てくれたのは有難かった。自然災害だから、当然だろうけど・・・。
「もしも、数か月後もっと染みが広がったら、また教えてね」と言われた。その時はさらに補償してくださるとのこと、助かるなぁ・・・。優しい人だった。

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」



それにしても、田舎は寒い。海沿いだから特に寒いのだ。
田舎のフレンド、ジャンと、彼の町(うちの地区よりちょっと人口がある町)のレストランでランチをした。前回、ぼくの不在時に、暴風雨で飛んだ屋根の対応をしてくれたお礼を兼ねて・・・。
「田舎暮らしに憧れる人は多いけど、寒くなるとみんなパリに帰るね」
とジャンが肩をすくめながら言った。たしかに、ほとんど人がいない。
「パリジャンはコロナが怖いとか、自然が好きとか言って大挙してくるけど、本当の自然を前にするとみんな首をすくめて都会に戻っちゃう。夏のあいだはパリ並みになるこの大通りも、ご覧の通り、冬は閑散としているだろ?」
「ぼくは冬の方が好き。夏は人が多いから、田舎より人がいなくなる夏の静かなパリの方が好きだ」
「まさに。それは正解」
ジャンが笑った。
「日本には戻らないの?」
「今はね、戻ってこいという人もいるけど、コロナがもう少し落ち着いたらね」
「フランスは感染者が増えているから、今日、マクロン大統領がなんかテレビで演説するらしい。たぶん、第五波が欧州に襲いかかっているという話しだろうけど、さて、どうなることやら」
英国やドイツほどではないが、フランスも再びコロナの感染者が増えている。陽性率が久しぶりに2をこした。間違いなく、新しい波が押し寄せている。大統領はその警戒を人々に伝えるのであろう。
「じゃあ、そろそろ、息子を迎えに行ってくる。今日はぼくが担当なんだ」
「担当制なんだね。いいなぁ、夫婦で子育てって」
ジャンが肩をすくめた。
ぼくも肩をすくめた。
ゆっくり浜辺を歩いて、自分の町まで帰ることにした。
照り返す海の光が美しかった。

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」



だらだら、歩いていたら、一時間半ほど時間がかかってしまった。
家の下に到着すると、昨日のカモメがぼくの車の上で寝そべってぼくを待っていた。
「ムエット、ムエットー(やあ、元気かい?)」
「ムエット、ムエットー(旦那、今夜は冷えるみたいですぜ)」

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」

田舎の時間はゆっくりとうつろう。
明るかった世界が、静かに色づき、やがて、真っ暗になる。
それにしても、冷える。あわてて、窓を閉めた。
そろそろ、暖炉に火をくべるかな・・・。
うちの暖炉はオランダ製で、バイオエタノールを使う。これが結構、暖かい。
でも、点火する瞬間がかなりスリリングなのだ。
新聞紙を床にひいて、まず、暖炉内部の着火台にバイオエタノールを注ぐ。約半分くらいいれたら、丸い暖炉の頭部に戻す。付属の着火棒の先端にバイオエタノールをちょっとつけて、チャッカマンで火を点け、それを着火台に近づけると、
「ボン!!!」
と音がして、暖炉内が明るくなる。怖い!

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」

地球カレッジ

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」



なんか爆弾が破裂したような迫力があり、ビビるけど、楽しいっちゃ楽しい。
火遊びが子供の頃から好きだったので、苦ではない。
この着火棒の先がL字になっていて、これの先を、着火台の上部蓋の穴に刺して、スライドさせて、火の加減を調整するのである。
たいして燃料を入れないのだけど、だいたい、一晩、持続する。
寝る前に、暖炉の前に椅子を持ってきて座り、ウイスキーを舐めながら、炎を見て過ごすのが、この田舎のアパルトマンでの冬の愉しみになりつつある。
早いもので、二度目の冬だ。

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」



息子に「大丈夫かい?」とメッセージを送る。
返事はない。
ま、知らせがないのは、元気だという証拠であろう。
暖炉の前で、チーズとワインで「一人で生きる飯」とした。
時計をみると、まだ19時であった。
やれやれ、パリだったら、ジャン・フランソワとかリコの店に顔を出し、油を売っているところだけど、田舎は、もう何もすることがない。
窓から海の方を見たが、真っ暗なのである。
真っ暗な海原の境目に漁船のあかりが灯っていた。

つづく。

滞仏日記「フランスの冬の田舎暮らしの醍醐味、暖炉の点灯式のサンバ」



自分流×帝京大学