JINSEI STORIES
滞仏日記「今日は大変だったけれど、ゲストを喜ばせることが出来て幸せだった」 Posted on 2021/12/15 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は、田舎で知り合った友人を招くので、一日、料理をした。
個人的には右腕のようなスタッフがいなくなった直後なので、やらないとならない仕事が山積みだったけれど、その現実から逃げ出すのにも、新しい友人らにご飯を作るのはいい気休め、気分転換となった。
でも、案の定、このことを嗅ぎつけてきたNHK制作会社社長のLさんから、
『体内年齢18歳の父ちゃんが、英知を絞って作った料理で、新しい友だちたちをもてなす。これは、最高の若返り健康法なのである。この辻流人生の楽しみ方を伝えたいので、フランスの田舎に出現するらしい辻レストランのお料理と、楽しい雰囲気を撮影していただけると嬉しいです。もちろん、ゲストの了解が取れれれば。会食のおじゃまにならない範囲で、出来れば、ですけれど』
という指令が飛び込んできた。
ぼくは即座に、「ごめんなさい。今回は無理です」と送ったのだけど、心優しい父ちゃんは、カメラを回しながら撮影をすることになる、・・・。
しかし、だ。やはり、友だちをもてなすのに、撮影をしながらというのはぜんぜん無理で、準備のところは撮れたのだけど、来客後は、まったくカメラを回しておらず、あはは、Lさんの指令は完全に空振りになってしまったのであった。さよならLさん、じゃじゃじゃじゃーーん。しかも、
※ 奥さんが右側、ご主人が左側に座ってもらう。着席の指示は招く人間の大事な仕事なのである。かかってるふきんはゲストが来るまでに下に隠す。
日記で華麗な父ちゃんの料理を自慢したかったのだけど、それさえも、撮影できていなかったのであーる。
もてなすというのは、仕事から離れて、心を開いてこそのもてなしなので、写真やビデオを撮ってるのは相手にも失礼だし、じつは、前回、遊びに来てくれたジャンのようなある程度気心が知れた人間ならまだしも、浜辺で出会ったばかりのご夫婦で、今日で3回目くらいの新しい友だちなのに、いきなり「NHKの番組のためにビデオ回していいですか」とは聞けない。これは無理だよ、Lさん!
さすがに、図々しい父ちゃんでもそれはできなかった。
菅間さんが急逝して、いまだ心が癒されないでいたぼくにとって、この新しい若い友人たちは、田舎で僕が生きていく上で素晴らしい存在になってくれることは間違いなさそうなのだ。
本当に、素晴らしい人たちで、最後に2ショットだけ撮らせてもらったのだけど、大事にしたいから、ちょっとお見せできないのが残念だけど、察してもらいたい。
ぼくにとって、もしかしたら、彼らは逃げ場所になるかもしれないな、と彼らが帰った後に、こっそりと思った。
(この日記に掲載した写真は、準備中の写真、最後のグーラッシュだけは思い出してパチリ出来たので、ご賞味いただきたい)
ちなみに、ゲストを招く時に大事なことは、ゲストを退屈させないようにしながら、料理を手際よく、上手に出していくことにつきる。
なので、大事なのは仕込みということになるだろう。
今日は、前半に、鯖の棒寿司、鯛のこぶ締め、茄子田楽を出したのだけど、この辺まではほぼ同時に出して、スターターらしく、話の流れを掴んで、自分も愉しみながら、軽く場を盛り上げ、和ませる時間となる。
※ 準備し終えた料理はサランラップをかけておく、乾かないように。この後、オリーブオイルとオレンジ塩とワサビを載せる。
※ 鯖の棒寿司は最近、買った、回転テーブルの上に載せて、回してあげる。細かい、演出である。
ゲストの食べる速度の様子をみつつ、出し過ぎてもいけないし、出さないのもダメだし、とくに行けないのが、テーブルの上からモノが消えてしまうこと。ゲストを退屈させること。
なので、そういう時に備えて、ぼくはフヌイユの辛いおしんこを箸休め的に用意しておいた。
料理が間に合わない時などに、さっと出して、つまんでもらえばいいのであーる。
田楽などは輪切りにしてあるので、お替り自由。もっといりますか、とさりげなくおススメすると、場は和むし、場を繋げるので、こういう工夫は大事であーる。
メインの最初は小さめ盛りの明太子パスタにして、それがなにか、をあてさせるクイズをやった。
日本の食材をふんだんに使っているので、フランス人には珍しい料理ばかり。
ゲストは一生懸命考える。
明太子がフランスにはないので、ボラの卵だよ、と教えたら、歓喜していた。
そのあとは、二昼夜煮込んだグーランッシュ。
こちらは、レモンの皮、オレンジ塩、そして柚子胡椒という柑橘系の味付けの牛頬肉のパプリカ煮込みなのだが、今回はそのパプリカも燻製ものを使用したので、飛び上がるほどに、美味しく出来ていた。(個人的感想デス)
選んだワインは、食前酒がドラピエの2015年のシャンパーニュで砂糖が使用されてないもの、そして、サントーヴァンの白という個人的には最強の布陣・・・。
帰り際に、
「三ッ星だね、そして、あなたのもてなしは五つ星だよ」
と言い残してもらえた。やった。
ぼくは人に尽くすのが好きな人なのかもしれない。喜んで貰えると嬉しい。これは料理をする人間の一番大事なエッセンスなのであーる。
※ ご主人がこれを抱えてやってきた。ぼくは持ち上げられなかった。明日、パリにもって帰るのだけど、車まで運べないといけないので、階段に置いてもらった!!! 笑。
ということで、ぼくはこのように、穏やかな一日を過ごすことが出来たのだけど、残念なことに、カメラを回すのを途中で忘れてしまっていた。
撮影して、Lさんを喜ばそうと(実は内心)思っていたのだけど、楽しいことに没頭してしまった。仕事を離れることが出来たのは、ぼくにとっても素晴らしいことだった。(さよならLさん・・・)(@^^)/~~~
自分の人生の最終コーナーにさしかかる中で、新たな仲間たちと出会って、この田舎で静かに暮らすことができつつあるのは、いいことだ。
パリもものすごく好きな場所だけれど、フランスの田舎のリズム感が自分にはあっているかもしれない。
それだけ年を重ねたということだろうか。
彼らが帰った後、下の階の元カイザー髭さんが今日もオルガンを大音量で奏で始めた。
今日はなんと「ラヴィアンローズ」なのだった。あはは。
思わず、歌いながら片付けをした父ちゃんであった。
ゲストが食べきってくれたお皿を一枚一枚、洗っては食洗器に仕舞い、それから窓辺に行き、コーヒーに口をつけた。
明日は、早朝、パリに戻り、息子の様子をみて、パリのオフィスにたまっている仕事を片付けないとならない。
日本の事務所が現在機能出来ていないのだ。
サーバーの会社にも電話をして、会社のメールへのアクセスの仕方を習わないとならない。弟が博多に持ち帰った大量の書類の解析を一緒にやらないとならない。(すいません。取り引きのある出版社の皆さん、そういうことですので、事務的なことは菅間さんのメールには送らず、ぼくに直接ご連絡くださいませ)
束の間の休日でした。明日は、少し慌ただしくなるね。師走だけに、ぼくは走るよ・・・。
つづく。
※ 人生は何事も準備が肝心なのである。