JINSEI STORIES
リサイクル日記「辻家の握り飯、そして、浅漬けの作り方」 Posted on 2022/08/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、いきなり、
「おにぎりの握り方と、卵焼きの作り方を教えてよ。昼はパパに迷惑かけられないから、自分で作って食べるようにするからさ」
と言い出した。
そういえば、昔、日本で買ったおにぎり型があったことを思い出した。
おにぎりは得意なので、その型を使ったことがなかった。
二人で探したら流しの下の方から出てきた。
「え? これ、貰っていいの? ほしかったんだ」
「なんで?」
「おにぎり、流行ってるんだよ、今」
たしかに、最近、フランスの普通のスーパーとかでもおにぎりが売られるようになった。
寿司に飽きたフランス人が次に注目しているのがおにぎりなのだ。
おにぎり屋さんはBENTO的な勢いで人気を博しつつある。※日本のお弁当は、BENTOという仏語がすでに定着・・・。
きっと、息子は誰かのYouTubeなどを見て、作りたいと言い出したに決まっている。
もしかすると、仲間たちにおにぎりを作って食べさせようとしているのかもしれない。
「え? なんでわかったの?」
「わかるよ。お前の考えそうなことだ」
「このおにぎり型を使えば、すぐにでも自慢できるね」
「ちょっと待て、たとえこういう型であっても、やり方を間違えるとまずくなる。伝授してやるから、よーく見ておけ」
ということでおにぎり型を使った美味しいおにぎりの握り方をまず教えてやることにした。
「おにぎり型の下に塩をふる。結構強めでいいと思う。それから、半分までご飯を入れる。指先を濡らしてご飯の真ん中にちょんちょんと穴をあける。そこに好きな具をいれる。今日はカツオ梅があるから、これでやろう。ちょっとゴマとかをふってから上にご飯を載せる。最後に、もう一度塩をふる。そして蓋をしてぐんと両手で押しこむ。肩を外し、完成。ゆかりとかゴマとか真ん中にふっとくと、女の子は、きゃっとか喜ぶ」
ぼくがやってみせると息子の目が輝いた。
「すごい! これなら失敗しない」
「うん、手で握るのに比べると、ちょっと味気ないかもしれないね。でも、同じ形に握れるから並べると可愛い。絶対、女の子に、受ける」
息子が笑った。ぼくも笑った。
「ほっこりするだろ?」
「ほっこり? どういう意味?」
「ほっこりというのは、心が温まる、ほっとするみたいな意味かな」
「いいね」
「お前は、週末とかに、この型でおにぎりを作り、卵焼きなんかを弁当箱に詰めて、ガールフレンド君とデートだな? いひひ」
「いひひじゃないよ。卵焼き教えてよ」
ぼくは息子に卵焼きの作り方を教えた。
なかなか筋がいい。
カエルの子はカエルである。
そこで、女の子に受けたいならばジャパニーズ・ピクルスを作って持ってけ、とすすめた。
「別に、女の子なんかいないよ」
「うそつけ」
おんなの子は野菜が大好きなんだ。ということで、ぼくは息子におしんこの作り方を教えてやった。
簡単な浅漬けである。
冷蔵庫を漁るとキュウリと大根が出てきた。
「いいか、父ちゃんの浅漬けは辻家伝統的な味で、これはババから教わったのじゃなく、ジジから教わったものだ。これをお前に伝授する」
「ははー」
と息子が言ったので、ぼくらはほっこりとした。
「まず、キュウリや大根、ニンジンでも、なんでもいい。薄切りにする。角切りでもいい。触感が違ってくる。全重量に対して1,5%程度の塩を使う。ま、こんな感じでササっと振りかける。ぎゅっと手揉みにして水分を絞ってからジップロックみたいな保存袋に入れる。そこに塩昆布を一つまみ入れる。塩昆布がない時は昆布茶でもいい。風味が出る。で、野菜の重さに対して、だいたい塩を2%程度ふりかける。2%程度の塩量が美味しいとされている」
「2%なんてわからないよ」
「そんなもの、適当でいい。男の料理だから、細かいこと言うな」
「どっちだよ、2%ってめっちゃ細かいでしょ」
えへへ・・・。
「ジップロックごと揉むんだ。揉んで空気を抜きながらジップロックをしっかりしめて冷蔵庫に入れて、重しで押さえつけとくと味が行きわたるから、ジャムの瓶とか重そうなのを上においとけ、だいたい3時間で完成だ」
誰かに料理を教えるというのは、自分の伝統をパスするような感慨がある。
教えた人がそれをまた誰かに伝える。
料理っていうのはそうやって世界を駆け巡って来た。
伝統であり、文化であり、知恵であり、喜びなのだ。当たり前のことであり、素晴らしいことだと思う。
「ほっこりするね」
「そのうち、手でちゃんと握るおにぎりを教えてやる。愛する人が出来たら、握ってやれ。その方が喜ぶ。友だちとか知り合いにはおにぎり型で清潔に握ってやれ、その方がいい」
「うん、わかった。やってみる」
ぼくと息子はおにぎりを頬張りながら、笑いあった。
ほっこりとする一日であった。
息子が小学生の頃にぼくがぎしぎしと握った、懐かしいおにぎりの写真を載せておく。
これぞ、愛情にぎり飯なのだ。
ここに辻家の歴史あり。