JINSEI STORIES

滞仏日記「怖い話しなので閲覧注意。本当に怖いパリの地下室ですすり泣く声が」 Posted on 2021/12/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、本当はニコラ君とか、もちろん、息子君とかに手伝ってもらって、クリスマスツリーの飾りつけをやりたかったのだけれど、みんな忙しいので、昨日はできなかったし、一番の難関は、昨日書いた通り、地下室にオーナメントをしまってあるので、それを取りに下りないとならない・・・。
それはいいのだけど、なんか、最近、隣人たちが「人の声がする」と騒いでいて、怖いから降りていなかったことを今更ながら、思い出してしまった。
ぼくはまあまあ霊感が強い方だけど、逆にだからか怖い目にあったことはないし、怖いと思ったことは一度もない。
しかし、下の階のムッシュが、「誰もいないはずなのに、すすり泣く声がした」とか、上の階の教師のジェロームが「灯りが付かなくなって、不意にパン、パン、と破裂音と火柱があがった」なんて、言うものだから、避けていたのだ。



フランスの建物には必ず地下室があり「カーヴ」と呼ばれている。
各、アパルトマンに「カーヴ」が割り当てられている。
うちのカーヴは2部屋あって、合わせると50平米くらいだろうか。
換気がよければ歌の練習に使えるのだが、空調がないので、常に湿った匂いが立ちこめているし、何より不気味なので、2分以上はいたくない。
何せ、120年以上前の建築物だから、かつてお城とかにあった拷問室みたいで気持ち悪いのである。
そもそも、明るい地上階から、このような薄気味悪い螺旋階段を、懐中電灯照らしながら、下りないとならない。

滞仏日記「怖い話しなので閲覧注意。本当に怖いパリの地下室ですすり泣く声が」



下水の流れる音が聞こえるし、電気はすぐに消えるし、たぶん、怖がりなマダムとかには絶対無理な領域で、・・・一度、誰もいないと思っていたら、2階のおじさんが奥から、顔を出して、卒倒しそうになったこともある。
ぼくのカーヴの番号は「7」番で、その中に、資料とか機材とか使わない家具とか、段ボール箱が10数個、・・・いろいろと積んである。
トランクなども置いていたのだけど、湿気で布のトランクは黴てしまい、使えなくなった。そういう場所に、オーナメントをIKEAの袋に詰め込んで。しまってある。

地球カレッジ

ぼくがオーナメントを探していると、背後から、何を探しているの、と声が聞こえて、思わず大声を張り上げてしまった。
『あの野郎、脅かしやがって・・・』
息子に違いないと思って、振り返ったのだけど、誰もいなかった。
隣のまっくらな部屋へと続いている。
誰もいないって、どういうことなのよ、と身震いを覚えた。
やっぱり、ここにはおるんじゃな、と思い、手を合わせておいた。
それから、大急ぎで、オーナメントを探し、IKEAの袋をつかんで、外に出た。去年、置いた場所にそのまま置かれてあったので、もしかすると、地下室に下りてきたのは1年ぶりのことかもしれない。
カーヴを出る時、お邪魔しました、とぼくは一礼してからそこを出た。

滞仏日記「怖い話しなので閲覧注意。本当に怖いパリの地下室ですすり泣く声が」



パリは華やかな美しい世界ばかりが語られるけど、カタコンベもあるし、こういうもう一つの顔がある。
サンルイ島とかシテ島にはかつて地下にギロチン処刑場があったというし、シテ島には、人肉を売っていた肉屋があった。(かなり有名な都市伝説である)
肉屋は隣の散髪屋と地下でつながっていて、散髪に来た若い人が殺され、地下で解体されて、肉屋で売られていたというのだ。
都市伝説なのだけど、シテ島に住んでいる友人のご高齢の人に真意を訪ねると「19世紀とかの話しだろ」と笑われたことがあった。あったんかい・・。
なので、ぼくはあまり地下室には行きたくない・・・。

滞仏日記「怖い話しなので閲覧注意。本当に怖いパリの地下室ですすり泣く声が」

※ とりあえず、クリスマスツリーはいつもの場所にセットしたのだけど、さてと、・・・どうしたものだろう・・・



IKEAの袋をつかんで、自宅に戻ったのはいいのだけど、なぜか、毎年、買い集めた大切なオーナメントが入った箱が見つからなかった。
クリスマスツリーはサロンの本棚の前に設置したのだけど、オーナメントが行方不明なので、不意にやる気はなくなってしまった。
家族のために、キラキラした美しいクリスマスの風景を演出したいと思った父ちゃんであったが、相当に出鼻をくじかれた格好である。
飾りつけの何もされていないもみの木(サパン)を見つめ、やれやれ、と呟く、父ちゃんであった。
明日、もう一度、探しに下りるか・・・。

つづく。

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