JINSEI STORIES
リサイクル日記「超気になる、パリジェンヌのおやつ」 Posted on 2022/06/16 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、けだるい午後、夕飯の買い物に出る前に昼の皿を洗わないとならず、食洗器に愚痴っていた。
「毎日、お前の口の中にお皿をいれたりする身にもなってみろや~」
すると食洗器君、口をあけたまま、ぼくを軽蔑するような眼差しでじっと見てた。
やれやれ。おバカな自分に呆れて思わずくすっと笑い、コップやフォークを次々食洗器に入れることになる。
すると、ママ友のイザベルから電話が入った。
「お! 元気? どうしたの?」
「ツッチー、何してんのかなって、思って。私はこれからおやつなんだけど。話し相手探してたんだよね~」
時計を見ると、ちょうど4時、おやつの時間だ。
ちなみに、フランスのおやつの時間は3時ではない。夕食がこっちはだいたい20時過ぎなので、おやつも当然一時間ほど遅くなる。
そのあとがアペロのタイム!
後半戦はずっと食べたり、飲んだりしていることになる。
「へ~、おやつかぁ。いいね。イザベル、何食べるの?」
「当ててみて。パリジェンヌならだいたいみんなこれよ」
「これ? わからない。ぼくね、残念なことにパリジェンヌと付き合ったことがないんだ」
あはは、とぼくらは同時に笑いあった。
「イザベルはグルメだから、ケーキだな? ピエール・エルメか、話題のフィリップ・コンチシーニか、あるいはユーゴ&ビクトール、あたり?」
「ツッチー、詳しいね。あなたこそグルメだから。もしかして、あんたいつもそういうリッチーなケーキとか食べてるの?」
「まさか。でも、最近はユーゴ&ビクトールにハマってる」
「お腹出るわよ。私は目下ダイエット中だからケーキは禁止なんだ」
「じゃあ、何?」
「豆乳カフェオレとビスケット」
「マジ? 結構、質素だね。ダイエットにいいんだ?」
「豆乳は調整豆乳で、バニラ味なの。これを好きなコーヒーで割るの? それから、ジェルブレっていう小麦胚芽の健康ビスケット。おばあちゃんの時代から続いているフランスの国民的な健康志向ビスケットよ」
「知らなかった。みんな、そういうの食べてるの?」
「ウイーーーーーーーーーーーーーーーーーィ」
ワッツアップに、写真が送られてきた。わ~、地味~。
「でも、健康な味がするんだよ。ツッチー、やってみたら?」
最近、ママ友たちがツジじゃなく、ツッチー、と呼び出した。
彼女らはツジが名前だと思ってたみたいで、苗字だと知って、呼びすてはよくない、と誰かが言い出し、じゃあ、あだ名みたいに可愛くしましょう、となった。ぎゃふん。
「ツッチー、どこでも買えるから試してみなよ。結構、美味しいし、健康になるのが分かるよ」
「分かった。買いに行ってみる」
ということで、ぼくは電話を切った後、買い物のついでにスーパーでイザベルのと同じものを探したのだ。
馴染みの店員さんにイザベルから送られてきた写真を見せたら、クスクスと笑われた。あんた、パリジェンヌみたいなもの食べんのね、だって。
「憧れてるんですよ」
「まあ、もっと細くなっちゃうわよー」
ということで案内されたのは、なんと、健康食品コーナー。
そこに、このバニラ味の豆乳もあったし、もちろん、小麦胚芽のビスケットも。
ちなみに、このビスケット、「レーズン入り」「大豆とオレンジ」「栗と蜂蜜」「胡麻」と数種類揃っていた。ぼくは迷ったけど、レーズン入りにしてみた。
家に戻ると、ちょうど小腹が空いていたので、早速食べてみた。
バニラ味の豆乳は温めてグラスに入れ、そこにエスプレッソを注いだ。
豆乳だけだと甘くて、ぼくには飲めない。そのことはイザベルも指摘していた。
だから、コーヒーにミルクを足す感じがベスト。甘さもちょうどよくなり、美味しい。
カフェオレのようだけど、バニラの香りが凄い。スターバックスとかで出てきそうなものが家で出来たので、ちょ~、あがった!
それから、ジェルブレを調べてみたら、フランスで90年の歴史があるのだそうだけど、なんと、日本でも売ってるじゃないか! 大塚製薬が輸入していた。さすがである。
甘くなくて、大人のビスケットだ。いける。
パルマオイルは不使用。砂糖もブラウンシュガーだ。しかも等分は普通のビスケットの3分の2。ビタミンがいろいろと入っているし、カルシウムもマグネシウムもばっちり。
甘くない大人味なので、パリジェンヌが好んでおやつにするのも頷ける。
店員さん「みんな、これを目指して買いに来るのよ」だって。
ちょっと遅めのおやつが終わったら、気分はパリジェンヌ。うふふ。
ということで、ぼくはそこから夕飯を作り始めることになる。何でもない、特筆すべきことのとくにない一日だったけど、新しいおやつに出会えて、ちょっとだけ気分があがった。こんな日があってもいいんじゃないの~。