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退屈日記「管理組合、パリの大家、電気会社、屋根会社、朝からめっちゃ忙しい」 Posted on 2021/10/25 辻 仁成 作家 パリ

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某月某日、朝、田舎の下の階に住むカイザー髭とハウルの魔女から電話。
あの、いいんだけど、携帯を二人でつかんで交互に話しをするのやめてけれ、おっさんとマダムの声が重なる瞬間、何言ってんのかわからない。しかも、朝の8時半!
「だからね、ムッシュ。今日、工事会社が行くんだけど、うちらの番号を知っているから、出ないんだよ。あんた掛けて必ず来るように言ってくれないかね」とカイザー。
「田舎は晴れたよ、雨80%だったのに、神様はムッシュ、あなたの味方よ」とハウル。
「保険会社にはあなたがやはり直接電話しないとダメみたいだよ」とカイザー。
「管理組合は午前中しか電話に出ないわよ」とハウル。
「屋根屋は居留守を使うから、出たらしつこく、今日来ないと訴えるくらい言ってくれよな。そもそも、夏に屋根を替えると約束だったのに、やらなかったあいつらの責任も大きい。人災なんだ」とカイザー。
「そうよ、ほんとうに、そう。あなたの言うとおりだわ」とハウル。
「あの・・・」とぼく



ぼくはまだベッドの中で、寝ぼけているのに、こんなの覚えられるわけがない。
「すいません。ちょっとまだ寝ぼけているので、SMSで要点と電話番号をください。やれることをやります。ただ、専門用語なので、ぼくの仏語で通じるか、ちょっと自信ないです。お二人が大家組合の代表なんだから、ぼくに任せないで、掛けてもらうことは難しいでしょうか? その方が、問題ないですけど」
「いや、ムッシュ・ツジ。そちらの家の中の染みは組合の保険会社とおたくの加入している保険会社でやりとりをするはずだから、まず、あなたが、こういう問題が起きたので、管理組合の保険会社から連絡がいくよ、と一言伝える必要がある」とカイザー
「でも、ダーリン。それなら、あなたが代理人としてムッシュの保険会社に事情説明してあげればいいんじゃないの」とハウル。←いいこと言う。ありがとう。
「あ、そうだな。じゃあ、そうするか。保険屋の連絡先、もらえますか?」
「あの・・・」



「探して、すぐに送ります」
電話を切って、キッチンに行き、コーヒーを淹れて、食堂に向かい、電気を点けたら、点かない。あ、思い出した・・・昨日、切れたんだ。
ちょうど、新しい電球があったので、全部替えてみたけどやはり、点かない・・・。
面倒くさいけど、真っ暗の中で食事はできない。携帯をとりだし、今度は、パリのアパルトマンの管理組合に電話をしたが、居留守・・・くそ。
そこで、この建物の工事人のジョゼさん、この人はいつも親身になってくれる、たぶん、マルティニーク島の人だと思う。
見た目は、ハワイアンのおじさんのような体型と優しい顔なのである。
この人も、本当にいい人で、いつも親身になってやってくれる。
とにかく、食堂の電気は、ぼくがやると感電するかもしれないので、ジョゼがくるまで、このままにしておこう。
それにしても、2年以上前の水漏れで落ちた天井はいまだ、そのまま。湿度、いまだ、階段側の壁は100%なのである。
しかも、最近、玄関の電源ボックスが入る壁板もとれて、床に転がっている。もしかして、ぼく、呪われていますか?
「もしもし、ジョゼ?」
「うい、ムッシュ。元気ですか?」
そこで、切れた電気の症状と写真を送った。
「これ、水漏れが原因だと厄介ですね」
「水漏れは玄関とキッチンだけど・・・」
「上で繋がっているから、調べないとわからないですけど、切れ方が、水漏れによるショートの可能性がある」
「ええええ? そんな厄介な話しですか?」
「夕方、顔出します。チェックして、水漏れだった場合は、長引きますよ」
「あの・・・」
それ以上は聞かないことにして、電話を切った。
コーヒーが冷めた。なんとも、嫌な一日の始まりである。
今日は、おとなしくしておこうかな・・・。おやすみなさい。

つづく。

退屈日記「管理組合、パリの大家、電気会社、屋根会社、朝からめっちゃ忙しい」

※ どんな時も、前向きな父ちゃん。まず、嫌なことは忘れて、ビールでも!!! えへへ。



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