JINSEI STORIES
リサイクル自分流塾「個性とは何か。個性を探すためにやるべきこと」 Posted on 2023/01/26 辻 仁成 作家 パリ
昔、今から30年ほど前のことである。
とある大学(国立大学)で講演会があり、その質疑応答での忘れられない一場面がある。
当時、ぼくは作家になりたてで、まだ偉そうにできるような立場でもなんでもなかったけれど、大講堂に集まった学生たちの質問に答えなければならない立場にあった。
そこで、司会者さんが、
「辻さんはどうやって、ミュージシャンや作家になれたのですか? 何か学生にアドバイスはありますか?」
と質問されたので、
「人と違う道をあえて選んで生きてきました。それは不安だらけの道のりでしたが、ぼくは自分を信じて、そこを突き進みました。そして、まだその人生は始まったばかりだから、ここからもっと試練や戦いがあるのだと思います。皆さんに言えることは、恐れないで、ばんばん、人と違う道へ飛び出し、個性を磨いて独自の世界を築いてください」
というような、当たり障りのないことを言ったのである。
その直後の、反論などは想像だにせず、・・・。
ところが、一人のおとなしそうな学生が手を挙げた。司会者が指名した。
「辻さんはECHOESやって、すばる文学賞とって、成功者だから、そんなことが言えるんです。でも、ぼくらはまだ何者でもないから、そんなこと言われて、はい、そうですかって、進んで、道を飛び出すことなんか出来ない。仮にそれを信じて道を飛び出し、ここにいる学生の誰かの人生が狂ったら、辻さんは責任とれますか?」
彼はおとなしそうな学生さんで、でも、言葉は刺々しかった。
ぼくはいきなり、頬を叩かれたような感じになり、目が覚めてしまった。
しばらく、じっとその青年を見つめていることしか出来なかった。
「いや、しかし、君、ぼくに責任をとらせて、どうするんだい? それは君の人生じゃないのか?」
「でも、あなたが、ここで重みのある発言をし、ぼくらの誰かがそれを信じて行動に出て、個性なんか出せなくて、世の中の大きな渦の中でおぼれ死んだら、あなたは素知らぬ顔でおられるのでしょうか?」
ぼくは、その大人しそうな顔の青年をもう一度、見つめ返すのだった。
その子は、ぼくに喰ってかかっていた。そうだ、喧嘩を売るような勢いであった。
「ちょっと待って。ぼくは司会者さんにふられたので、意見を言ったまでで、なんで、そこまで君らの責任をとらないとならないのか分からないし、そこまで強く発言できる君はすでにかなりの個性を獲得している青年だと思うけど、皆さん、違いますか?」
と言うと、会場が、笑いに包まれた。
しまった、と思った。火に油を注ぐような行動であった。
青年は顔を真っ赤にし、
「成功してる人は何とでも言える。ぼくらに必要なのは、ぼくらの苦しい気持ちを理解した立場でぼくらに必要な助言をする人です」
この子はすでに獲得してるじゃないか、個性を!
たぶん、その時、ぼくは30歳で、その子は20歳前後だったと思うから、今、もし、その子が生きていれば、50歳くらいじゃないか、と思う。
人間は成人すると、実はそんなに変わらない、とぼくは思ってる。
今でも、この人は、このような自我の強い人間でいるのだろうか? いるに違いない。会ってみたいな、と思い出した。
「君は、きっと、30年後、ぼくよりも凄い何かをしでかしているな。なぜか、ぼくは20歳の頃、こういう壇上にいる人間に、そこまで喰ってかかることが出来なかった。こういう言い方で君が納得するかわからないけど、未来のぼくは、たぶん、今日の君のことを忘れていないだろう。君はどうだろう?」
すると、その優等生は、不敵な笑みを浮かべて着席した。
腹が立ったけど、今、その子はなにがしかの人間になっているのじゃないか、と思う。
ぼくはそういう反骨精神が大好きだ。
地味で、目立たない感じの青年だったけど、その存在は、あれから30年以上が過ぎた今も、ぼくの中でしっかりと焼き付けられている。
つまり、それこそが、個性だと思う。
理屈じゃなく、その時の全てに対して疑問を持つことが出来る闘争心とか、反抗心とか、素晴らしいじゃないか・・・。
「ぼくは今日、君に打ちのめされた。君の存在はきっとぼくの人生の中で忘れられない存在になるだろう。つまり、君にはすでに圧倒的な個性がある。だから、君は短絡的な『成功者』なんて言葉をむやみに使っちゃだめだよ。君はすでに、人生で際立ち、異彩を放ち、鋭い視点をもって、この世界と対峙出来ているんだから・・・。そんなに言うなら、君が恐れている成功とやらを目指してごらんよ。きっと、そうすることで、君は君自身の個性がなんたるかを知ることが出来るだろう。ただし、ぼくはそういうものを目指したことなんか一度もないんだ。きっとこれからも、成功なんか目指さない。ただ、文学を愛し、音楽がぼくの全てだから、・・・」