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滞仏日記「落ち込む父ちゃんを救ってくれたのはなんと我が子であった。ありがたや!」 Posted on 2021/09/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は朝から打ち付けるようなもの凄い雨だった。ぼくは窓際に立ち、ガラス窓を叩く雨をぼんやりと眺めていた。息子が帰ってきた。最近、めっちゃ仲がいい。
「ただいま」
と言った。
「雨だね」
とぼくがコーヒーを飲みながら、のんきに言うと、
「ずっと雨だね。バスでツアーやる日って、たしか、来週月曜日でしょ? パパの誕生日・・・。これ見て、降水確率40%になってる」
と携帯を見ながら、息子がすごいことを言った。
「え?」
慌てて、息子のアイホンを覗くと、パリの天気がずっと雨なのだった。ちなみに、今日は100%の雨と出ている。
「マジか? やばいじゃん」
雨のことを想定していなかった。オープンバスのルーフトップで演奏をしながら、パリ市内ガイドをやる予定の日の降水確率40%・・・
絶望だ。ぼくは眩暈がして、思わず、椅子にへたり込んでしまった。
すると、息子がぼくの横に座って、励ましてくれた。



「パパ、でも、一週間後の天気予報なんて外れるし、40%って曇り時々小雨程度だから、やれるよ。大丈夫だよ。雨のパリのバスツアーってかっこいいじゃん」
ぼくが落ち込んでいると、息子が珍しく慰めてくれた。ここのところ、なぜか、優しい。
窓の外を見ると、もの凄い雨であった。しかし、もしも、こんな雨ならバスの上でライブをやることはできない。
「でも、バスなら、中でやればいいじゃない。もし、雨がこのくらい降ったら、バスツアーなんだから、中でやるの、逆に、面白いと思うな。屋根ついてるでしょ?」
そうだ。車内でやればいいのだ。不意に希望が出た。
「ちょっと待って。パパ、こっちの天気予報だと、晴れマークが出ている」
「おおお、本当だ!」

滞仏日記「落ち込む父ちゃんを救ってくれたのはなんと我が子であった。ありがたや!」

※ このサイトだけ、快晴なのである!!!



息子がパリの数ある天気予報会社のサイトから、晴れマークを見つけてくれたのだ。ぼくを励ますために・・・。しかし、他は曇りか、小雨であった。(´;ω;`)ウゥゥ。
「専門家でも、こんな感じなんだから、今から一週間先の、ツアーの2時間程度のパリの天気を心配して何になるの? それよりも、今出来ることをやろうよ」
なんて、建設的なんだろう。・・・その通りである。
「今出来ることって?」
「たとえば、ルーフトップでライブが出来ない場合、カメラは外に出して、景色を見せ、バスの中でのライブとスイッチングすると面白いと思う。それが出来るか・・・」
「なるほど」
晴れしか頭に描いてなかったが、きちんと、雨対策をしておいたほうがいい、という当然の意見であった。

滞仏日記「落ち込む父ちゃんを救ってくれたのはなんと我が子であった。ありがたや!」



ぼくは音響技師の二コラにまず、電話をした。
「もしも、雨が降った場合、バスの中をライブハウスみたいにしてやれるのか?」
「辻さん、ぼくらは技術的に問題ないですよ。結構、うちの会社の最高の機材を持っていく予定だから、外であろうと中であろうと、対応できます」
「おお、ありがとう」
ぼくは配信&撮影の小田光にメッセージをいれた。
「うーむ、考えていませんでした」
「え? 考えてない・・・」
ぼくは慌てて電話をしたけど、出てくれなかった。彼は真面目なので、一つの仕事をしている時に、他の電話には出ないのである。
そこで、天気予報の写真とか、いろいろな状況をメッセージで説明し、「雨が降った場合、外にカメラを一台、パリの風景をうつしながら、バス内でのライブとスイッチングしてもらいたいのだ。なんとかお願いできないだろうか?」と送った。
ぼくが持っているスタンプの中でも、最高にチャーミングな、土下座スタンプとか、手を合わせたお願いいスタンプとか、泣いてるスタンプなどをたくさん送り付けたところ、
「わかりました。なんとかします。ご安心してください」
と返事が戻ってきたのだ。この小田光はかなり信頼できる男なのである。ぼくは不意に救われた気分になった。



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ちなみに、この写真が、バス内部になる。夜の写真しかないが、このバス会社のツアーバスは、夜はディスコティックバスとして市内を回っている。
ようは、小型のライブハウスのような造りで、DJブースまで付帯している。
しかも、二両連結というバスを借りていたのである。
雨のことは想定していなかったが、二倍のバス代金を払って一番大きなバスを借りておいて正解であった。ぼくが携帯を切って、ほっと胸をなでおろしていると、息子がやってきた。
「パパ、ほら見て」
彼が笑顔で窓の外を指さしたのである。
「今日は100%大雨の予報だったよね?」
おおおお、晴れてる。
「わずか、30分で、この通りだ。天気予報も、いきなり晴れマークにかわった。これがね、何を意味しているかわかる?」



「なに?」
「まだ来ぬ未来に不安を抱くより、その時にできる最大のことをやって、それを乗り切っていれば、未来は明るくなるということだよ」
「あ、なるほど」
「パパは、傘を持ってるでしょ?」
「うん」
「なんで、傘を持って出かけるか。つまり、雨に備えて人は傘を持ってる。パパの人生も一緒じゃない? 今、落ち込んで悩むより、その日をどうやって最高にするのか、を考えるべきだよ。どんな天気であろうが、パリはパリだし、100%雨の予報でもこうやって快晴になる。今日はこのあと、ずっと夜まで快晴らしいよ。予報なんてそんなものだ」
最高の相棒であった。
「よっしゃー」
ぼくは単純に燃え上がった。
どっちにでも転べるように、準備だけはしておく。
そして、最高のバスツアー&ライブにしてみせる。神は父ちゃんに微笑むであろう!

滞仏日記「落ち込む父ちゃんを救ってくれたのはなんと我が子であった。ありがたや!」



付録。今日現在決定しているバスツアーのコース&見どころポイント。
(当日の交通状況、バス運転手の判断などで、コースが変わることがあります。ご了承ください)
1,日本時間20時、エッフェル塔を出発。
2,アレクサンダー三世橋を渡り、グランパレ、プティパレを通過。
3,シャンゼリゼ大通りに出て、凱旋門を目指す。このあたりで「オーシャンゼリゼ」を大合唱・・・。
4,環境芸術家クリストにより梱包アートされた凱旋門を周遊。(パリ市より、撮影許可取得。その日は撤去日だが、昼の時点ではほぼ原型を留めているらしい)
5,シャンゼリゼ大通りを再び通過し、コンコルド広場に入る。
6,コンコルド広場を周遊し、マドレーヌ寺院へと向かう。
7,マドレーヌ寺院からオペラ座へと向かい、オペラ大通りへと入る。
8,ルーブル美術館脇を通過し、サントノーレ通りへと入る。
9,パリ市役所など歴史的建造物を通過し、セーヌ川沿いに出て、そのままシテ島に入る。
10,ノートルダム寺院で、「ZOO」を熱唱する。
11,左岸に戻り、セーヌ川岸の道に入る。右手にルーブル美術館、左手にオルセー美術館。
12,パリ国会を通過、ナポレオンの骨が埋葬されているアンヴァリッド廃兵院前で金色に輝く尖塔を見上げながら、ツアーは終了。お疲れさまでした。

滞仏日記「落ち込む父ちゃんを救ってくれたのはなんと我が子であった。ありがたや!」



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