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滞仏日記「父ちゃんはやっぱり、愛情料理研究家なのである。週末の父子飯」 Posted on 2021/09/26 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、パリの辻家の日常を自撮りしたNHKBS「ボンジュール、辻仁成の春ごはん」、再放送もされ、秋ごはんの撮影もはじまり、盛り上がる周囲とは別に、父ちゃんは自撮りしながら、柳の下に二匹目のドジョウはいない、と心の中で呟いている。
その秋の日の溜め息は1万キロの海を越えて日本にも届いているのか、ぼくには直接聞こえてはこないけれど、制作会社プロデューサーのLさんが気を揉んでいる、らしいという噂が、遠雷のように、最近、やたら空耳アワーなのである。
「辻さんのことは信じています」
これが最近のLさんの口癖だが、その言葉が飛び交うということはそれだけ、気を揉んでいるという証拠であろう。
現場が、孤独な自撮り撮影隊なのだから、気を揉んで当たり前だのクラッカーである。←古ッ。



春ごはんが評判だったからと言って、柳の下に二匹目のドジョウはいません。
それに、ぼくら辻父子の生活も大きな曲がり角に差しかかっており、思春期、反抗期、受験と乗り越えないとならない壁がさらに高く聳えるようになってきた。
息子に撮影を手伝って、と言い難い雰囲気が辻家を覆っている。
でも、撮影の締め切り日が近づいている。
Lさんには撮影した動画もちゃんと送れてないし、というか、これだというものが撮影できてないし、逃げてるわけじゃないけど、どうしたものかなぁ、と思いながら、今日もLさんからのラインを無視する父ちゃんであった。
あはは。Lさんの苦難は続く・・・。



ま、秋ごはんだから、やっぱり、フランスの秋の味を届けたいと思い、マーシャルの八百屋に秋を買いに出かけることにした。
残念ながらマーシャルは不在だったが、二番手のジョルジュがいたので、秋的な野菜や果物を選んでもらい、少し買った。
黒イチジク(ソリエス)とジロール茸が「美味しいよ」というので、ゲット。
黒イチジクはリュスティック(昔風タルト)にし、ジロールは豚汁に入れちゃおう、と思った。
やっぱ、秋は豚汁の季節だし、←どこがや! 
いや、昔、小学生の頃に、帯広市に住んでいて、近くに自衛隊駐屯地があって、秋になると見学に行き、豚汁とおにぎりが出てきたので、秋と言えば、ぼくにとって豚汁のイメージが頭の片隅で駐屯している。
・・・
Lさん、なんで、そんな顔すんのかなぁ? 
最近、超能力で見えるのだ。
「えええ、豚汁なんて、誰でも作れるし、おしゃれなパリ飯にしてくださいよ」って、顔をしたのだけど、はいはいはい、わかってますって・・・。
父ちゃんの手にかかると、ご覧の通り、フランス風トンジルになるのである。
豚汁ではない、トンジルーであーる。←やれやれ。

滞仏日記「父ちゃんはやっぱり、愛情料理研究家なのである。週末の父子飯」



何が違うのか、は、番組を愉しみにしておいてもらいたいのだけど、それよりも、撮影は相変わらず超大変であった。
まず、固定カメラをキッチンのガス代の奥に設置、といっても、奥はもう壁なので、三脚が立てられない。
だから、薄い箱を重ねてその上にカメラを載せ、それで全体を撮影しながら、手に持った自撮り棒の先っちょに付けた携帯で、料理している手元を撮るという、・・・これをNHKで放送してもいいのか? と心配していた「春ごはん」は、多分、その斬新さが受けてしまった・・・。
しかし、柳の下に二匹目のドジョウはいない。なんで、わからぬ、Lめ。

滞仏日記「父ちゃんはやっぱり、愛情料理研究家なのである。週末の父子飯」

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※ 味噌漬けしたサガリ肉に鰹節デンブを載せて食べるのが辻家式。これがうまい!!!



豚汁だけでは育ち盛りには足りないので、今日は肉丼も同時に作ってるから、ガスコンロが三つフル稼働・・・。
ガスコンロ三つに、カメラ二台で、父ちゃん一人、・・・。
だから、料理が出来た頃にはへとへと。
ダシパックをトングで掴んだけど、カメラ持ってるから、ゴミ箱に行けないので、そこから投げたら、ウイスキーボトルの上に軟着陸・・・。
父ちゃん、大笑い。うけてしまった。
( ^ω^)・・・
撮れた画像の手振れも酷いし、撮れてると思っていた絵は、自分の足元だったり、固定カメラの動画の中に自分の顔が半分だけ映っていたり、・・・。
あはは、小学生以下の出来栄え。
これを前回も問題なく編集した西山ディレクターと編集マンさんの技術は凄い・・・。←褒めたる。だれ?
前回はロックダウンだったから、撮影隊が日本からこれなかった。
今回は、前回が受けたから、あえての自撮りって、( ^ω^)・・・、(´;ω;`)ウゥゥ、((´∀`))ケラケラ。泣き笑いがつづく。



「いただきます」
しかし、息子は「美味しい」と言って食べてくれたのだった。
ぼくが田舎にこもっている間、
「ゲンキか?」
「タベテるか?」
「どうしている?」
とメッセージいれても返事が戻ってこなかったけれど、実は、こうやってぼくの料理をいつも、待っている。
やはり、ぼくは必要な存在なんだな、とガツガツ食べる息子を見ながら、涙ぐむ父ちゃんであった。
(´;ω;`)ウゥゥ。←しつこい。
ところが、SMSに返事は一度も戻って来なかったけれど、途中、二枚の写真が送られてきたのであった。
両方とも、息子の得意料理、カルボナーラの写真であった。
一つがベーコンで、もう一つがスモークサーモンのカルボナーラ、どこでこんなもの覚えたのか、というくらいに美味しそうであった。

滞仏日記「父ちゃんはやっぱり、愛情料理研究家なのである。週末の父子飯」

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「この照り感、すごいね」
「うん、けっこう、上達したでしょ」
「レシピは?」
「最初はネットで勉強したけど、だんだん、自分のやり方がわかってきて、今は自分流かな」
そこで、遠雷が聞こえた。
遠く、一万キロ離れた島国から、Lさんの声のような・・・。なるほど・・・。
「あのね、ちょっと相談がある。受験生だし、忙しいのはわかってるんだけど・・・」

「春にさ、二コラにおにぎり教える撮影やったじゃん。君がカメラ回して・・・。嫌なら、別に無理強いはしないんだけどさ、あの番組がね、ちょっとうけて、秋バージョンも作ることになったんだ。で、君の顔とか絶対映さないから、その手元だけでも出演してもらって、君のカルボナーラの作り方をパパに教えてもらえないかな?」
しーーーーーーーーーーーーん。
考えている。
ドキドキ・・・。
「あの、・・・どう?」
「いいよ」
え? なんて言ったの?
「いいよ。でも、カルボナーラなんて、パパも作れるじゃん」
「いやぁ、みんなもうパパには飽きてるからさ。新鮮な君のカルボナーラがいいんだよ」
「ふーん」
真剣に受け止めていない感じで、黙々とトンジルを食べている。
(食べると書いたのは、スープというよりも、食べる野菜汁だからだ)
「カルボナーラはどこが難しいの?」
「難しくないよ」
「でも、なんか、コツとかあるんでしょ?」
「いろいろあるよ」
「あ、そこを教えて!」
息子がぼくを見て、くすっと笑った。
「パパ、何、たくらんでるの?」
「なーーーーーーーーーーーーんも」
千回くらい、顔を振った父ちゃん・・・。
「変だね。そんなこと言ったことないのに」
「でも、習いたいし、習ったのを日本の視聴者の皆さんに見せてみたいんだ。Lさんって、君は会ったことないけど、(実はパパも会ったことがない!)ちょっと不思議なマダムがいてね、その人がね、君のカルボナーラのファンなんだよ~」
自分で言っておきながら、吹き出した父ちゃんであった。



ということで、Lさん、これは朗報だろうか?
ぼくにはまだよくわからない。
果たして、彼がおとなしく、料理をするかどうか、天気予報と一緒で、当たらない場合の確率も高い。だいたい、月曜日、学校がはじまって、忙しくなったら、
「パパ、ぼくは受験生だよ。カルボナーラなんか作ってる場合ですか?」
と怒られる可能性もあるからだ。
「ボンジュール、辻仁成の秋ごはん」、まだまだ、二匹目のドジョウになれるかどうかのハードルは高い。高過ぎ新作!
さ、さえている!!!!

つづく。

滞仏日記「父ちゃんはやっぱり、愛情料理研究家なのである。週末の父子飯」



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