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滞仏日記「生きることの醍醐味は86才の母さんから教わった」 Posted on 2021/08/26   

某月某日、昼寝をしていたら、携帯が「ちん」となったので、覗くと、弟から写真が届いていた。
ちょっと楽しくないことが続いていたのでベッドでごろごろしていたこともあり、メールを開いて、思わずニヤッと口元が緩んでしまった。
な、なんと、煮卵の写真である。
おお、あの野郎、作ったんだな、と思った。
実は、少し前に、母さんに煮卵丼を食べさせている夢を見たのだ。
ぼくが作って、テーブルで待つ母さんの前に差し出すと、ああ、有難い有難い、と言って母さんが煮卵丼を拝むという、なんともシュールな夢であった。

滞仏日記「生きることの醍醐味は86才の母さんから教わった」

上、漬けてる卵
下、弟作、煮卵そぼろ丼。

滞仏日記「生きることの醍醐味は86才の母さんから教わった」



「ひとなり、これはなんね」
「煮卵丼です」
「下はそぼろ飯ったいね」
「はい」
「はー、こげん、ご馳走ばいつもすまんね。有難い有難い」
いつも? いつも、ぼくは何もしてないじゃないか、と夢の中で焦ったりした。
「卵を茹でて固ゆでのゆでたまごを作った人間はえらか」
「あ、はい」
「半熟卵を発明した人間も、えらか」
「はい」
「しかし、その半熟卵を漬けて、煮卵にした人間もえらかったい」
「はい」
「その半熟煮卵をそぼろ丼の上に載せたお前もちょっとえらかとよ」
「いいえ。みんなやってます」
「謙遜するな。わしが言いたかとは、知恵についてったい。どんな状況に陥ろうと人間には知恵があっとよ。その知恵を使い、苦難や逆境を乗り越えていく。これが人間にはできる。そのことを忘れなさんなってこったい」
「はい」
「ひとなり、苦しかことに包囲されたらただ腐るだけじゃいけん。知恵を使え。そして、そこから抜け出す方法をひねり出せ。逆転する方法ば、考え出せ。それが知恵たい。そうすれば人生はこの煮卵丼のようにおもしろくなっとよ」
おもしろくなる、・・・。いいな、と思った。
おもしろくしたいし、おもしろいことをもっとやりたい。



夢はそこで醒め、ぼくはこれはお告げだ、と思って、弟にレシピを送っておいたのである。レシピを送って安心し、忘れていたら、今日、弟から完成写真と母さんのコメントが添えられ、送り返されてきた。弟はやることはやる男なのだ。
「フランスにも煮卵丼があるのには驚きました」
という母さんのコメントであった。ん? ま、いいか・・・。(;^_^A
「兄貴、しかし、母さんは完食しましたよ、ぺろっと」
と弟からのコメントもあった。よかった。

滞仏日記「生きることの醍醐味は86才の母さんから教わった」

こちらは父ちゃん作の煮卵丼。
下は父ちゃん作の鯖の煮卵丼である。

煮卵のレシピはこちら⬇️
https://youtu.be/rkBQy9ML3yc

滞仏日記「生きることの醍醐味は86才の母さんから教わった」



ぼくは、前の夜にサバの塩焼きを食べて、その残りをほぐしてとっておき、そぼろの代わりに使うことが多い。
サバにはごま油を少々まぶして、風味をつけておく。シソの葉を千切りにし、白ごまと一緒に和えるともっと美味しくなる。
こういう工夫が大好き。
こちらにサバの燻製が売っているので、フランス人も魚の燻製が好きで、ニシンとか、サーモンと並んでサバの燻製もたまにある。
マルシェに行くと「燻製屋」が出ていたりするので良く買うのだけど、ちょっと量が多いので、残ったら、翌日、サバの煮卵丼をやる。
これがかなり、うまい、のだ。



母さんが言った知恵については思い当たることがある。
「知恵を使え」とよく教えられたものだが、これは「工夫」のことだと思う。
なんでも工夫次第で面白くなる、おいしくなる、楽しくなるものだ。
応用する力こそが大事だということであろう。創意工夫、である。
人生はそこに醍醐味を見つけるのが難しい。
退屈な仕事であっても、視点を変えて、それを大きなものに捉えなおし、俯瞰の目で見つめ直す時、世界は微かに変化を起こす。
そこから生まれた創意工夫が何らかの成果をもたらす時、その人の人生も見違える。

普通の卵を普通に茹で続けているとずっと固ゆで卵しかできないけれど、ある日、茹でる時間を調整して、半熟を発見した最初の人にとって、それは、ただの茹で卵ではなくなっただろうし、それを漬けて味をしみこませた人はもっと違う成果を生み出したのだ。
卵一つでも工夫次第で、もの凄く可能性が広がるということで、ぼくはある意味、「煮卵」で人生がかわった人間だ、と思っている。
だから、母さんが夢の中で言った、知恵を使え、という言葉には思い当たるものがある。
今、与えられた仕事や研究や創作や料理や人生の中に、ちょっとした工夫を持ち込むことで、その世界がそれまでのものとは異なるものへと変化する、それが工夫の醍醐味なのだろうと思うし、知恵の勝利かもしれない。

ぼくは冷蔵庫を覗き見するのが大好きだ。そこはまさに「工夫の素材」の宝庫だからで、残っている食材を引っ張りだし、これとこれとこれを組み合わせたら絶対美味しい奴になるな、と思って料理に向かう時に、ぼくは間違いなく、面白がる自分と出会っている。
ルーティーンをぶっこわして、新しいものを生み出す時、やっぱり、人間は目つきがかわる。
死んだ魚の目のようだった日常に変化が起き、思わず、面白い人生と出会えるのだから、毎日の工夫は大事だ。
ということで、ぼくは弟には次のミッションとして、「フランス風イカ飯」のレシピを送ることにした。

イカ飯レシピはこちら⬇️
https://youtu.be/NnK6aXnYekg

滞仏日記「生きることの醍醐味は86才の母さんから教わった」

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