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滞仏日記「お人よしの父ちゃん、専属のマネージャーがほしいのだ」 Posted on 2021/08/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは何でも引き受け、一生懸命になるのがたまに傷で、だからか、正直、仕事においては孤独である。
専属のマネージャーがいないので、お金の交渉も自分で全部やらないとならないうえに、みんな情熱だの夢だの使命感だの持ち出して、言いたい放題だけど、気が付くとぼくはいつも一人で問題を抱えて四苦八苦、必要経費もたてかえてばかりだ。
そのくせ、ぼくには何の権利もない。
しまいには、ぼくがスタッフとかミュージシャンとかカメラマンさんとかのギャラの交渉とかもしている。全部やっている。
小言を言ってもしょうがない。じゃあ、やらなきゃいいじゃん、ということになる。
その通りだ。やめたい仕事ばかりで、昨日の夜は、ものが生み出せなくなって、絶望してうなされているところで目が覚めた。
びっしょり汗をかいてた。そういう自分、嫌いである。



今日もお金の話しになった。
というのも、ただ働きとは言わないけど、ボランティアみたいな仕事ばかりなのである。
ぼくが考え、ぼくが動き、ぼくが人を集め、交渉し、動かし、生み出すみたいな・・・。
これは愚痴だ。ボランティアでも働ける場所があるだけいいじゃん、と言われそうだ。その通りである。
でも、ならば、ストレスのない仕事をしたい。
ぼくのような表現者は、お金のことを話すのが禁句みたいになっていて、言い出しにくいし、権利を主張すると守銭奴みたいに言われてしまう。
じゃあ、どうやって生きていくんだ、と言わせてほしい。パン屋さんはパンを売る。酒屋さんは酒を売る。それは守銭奴だろうか?
だから、ツイート一つでも、「これは広告ですよ、気を付けてね」といちいち断っている。(時々、フォロワーさんに、もっと宣伝していいんですよ。気にしないで、と言われ、たまに泣きそうになっている)
マネージャーがほしいなぁと思う。
全部、ぼくに変わってやってくれて、ぼくは創作だけに専念できる、そういう人が一人でいいからほしい。これは甘えかもしれない。
ぼくに「すいません」と謝らないでほしい。
ぼくは謝られても困るのだ。
なので、ぼくは音楽以外の仕事でモチベーションが下がっている。
音楽はお金にならないから、最初から、お金の話しをしてくる人が少ない。



ぼくは最近、仏人のミュージシャンらと音楽活動をしているけど、彼らはコロナで仕事がないから、ぼくは彼らに1ユーロでも多くのギャラを出したいと考えている。
きっと、ぼくにはそういう能力があるのだろう。だから、主催者さんとかスポンサーさんとギャラの交渉は意外と上手なのである。
でも、これはいわば、ミュージシャンを助けたいから、やってることなので、あまり苦じゃない。
ぼくもぼくのことを必死で考えてくれるマネージャーがいたらなぁ、と思う。
ぼくの傍にもう一人ぼくがいたら無敵なのだけど、なかなか、そうもいかない。
他人事のような人ばかりに囲まれ、みんなの生活を支えないとならない。
つまり、ぼくはお人よし過ぎるのかもしれない・・・。



そんなことを考えながらパリに戻ると、夏休みが終わりに近づいたからか、新学期が近くなってきたからか、街角に多少の活気が戻っていた。
とりあえず、車を家の前につけて、荷物を下ろしていると、中から息子が出てきて、手伝ってくれた。
お、なんか、嬉しい。待ち構えていたのかな? 
「父帰ってるぞ」SMSしたから・・・。
重たい荷物を珍しいことに息子が率先して抱えて、4階まで昇ってくれた。
足取りも軽い。へー。最後は信じられるものは「血」だけだ。
ぼくを利用しないのは、こいつだけ、である。
「ありがとう」
「うん」
「出かけるの?」
「うん」
「夕飯は、うちで食べるかい?」
「うん」
ということで、そこからは一人でギターとか、荷物を家に運び入れた。
一週間ぶりだったけれど、キッチンはちゃんと掃除されており、食器も何もかも綺麗に片付けられていた。
へー。やればできるじゃん。
パパがいないから、お皿まで洗ってある・・・。なるほど。
食堂も散らかっていないし、ちょっと子供部屋を覗いたのだけど、ここも珍しく整理整頓されていた。
へー、パパがいない間、ちゃんとやっていたんだ。どんな心境の変化であろう? ま、成長しているのだな、と思った。



ぼくは荷物を自分の部屋に運び、それからベッドでごろんとして、しばらく天井を見て過ごした。
ここを飛び出した時よりは、気力が戻っている。
息子がなんとなく、逞しくなっているので、ま、この一週間は意味があったのだろう、と思うことにした。
たまに、こうやってお互い距離を置いて生きるのも必要だな、と思った。
とはいえ、2日から新学期がスタートするし、彼は大学進学の予備校にも通うことになっている。大学進学へ向けた、慌ただしい高校三年生がスタートする。
言うべきことをお互い言い合ったので、気のせいか、息子が悟りを開いたような顔つきになっている。親だから、わかる。
彼は今、真剣に大学進学に向かわなきゃと気が付いたのだろう。
まだ、ここからでも十分に間に合う。二人三脚で、最後までしっかりとバックアップし、完走させなきゃ、と思った。
それがぼくの役目だ。この子のためならいくら学費がかかってもかまわない。(嘘、実業家じゃないので、ある程度ね・・・えへへ)
でも、心的には、出来る限りのバックアップをして、息子を志望校に合格させたい。
そんな、晩夏の父ちゃんであった。

滞仏日記「お人よしの父ちゃん、専属のマネージャーがほしいのだ」



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