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退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」 Posted on 2021/08/24 辻 仁成 作家 パリ

退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」

某月某日、田舎のアパルトマンは築160年を超えた建物なので、いろいろと直さないとならない場所がある。
毎回、戻って来る度に、レンガの柱のたもとに砂がたまっている。
レンガとレンガの間のセメントが160年もの歳月のせいで、砂化しており、手で触れるだけで、ぼろぼろと落ちるのだ。
風化がひどく、毎回来る度に掃除機をかけないとならない状態だった。
下の階のカイザー髭さんに、前回相談をしたら、ブリコラージュ(日曜大工)のお店に行き、専用のセメントを買い、自分で補強しないとダメだよ、と言われ、ひえーー、となった。日曜大工か、苦手だ・・・。
しかし、フランス人はこの日曜大工が大好きで、カイザー髭さんの家などは、ぼくの家よりうんとモダンなのだけど、全部、奥さんのハウルの魔女さん(似ているのでぼくがつけたあだ名)と二人での手作業。
アメリカンなキッチンからゴージャスな寝室、それに、ガラス張りのお風呂まで、すべて手作りなのだというから、驚いた。
なので、彼らからするとレンガの補修工事などおちゃのこさいさいなのだった。
ぼく? まさか、経験ないですよ!!! しかも、鬱なのに・・・・。

退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」

退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」



ただ、田舎の家にいて、何もしないでゴロゴロ寝ていてもはじまらないので、ぼくは今日、動くことにした。
隣町にある日曜大工センターまで車を走らせ、店員さんに、写真を見せた。
どうしたらいいか、相談をしたところ、セメントとそれを塗るコテ、混ぜるためのプラスティックのケースなどを買いなさい、と教えてくれた。
YouTubeでセメントの混ぜ方を勉強し、脚立を持ち出し、壁と向かい合った。
うう、高い。結構、大変そうだ。
まず、レンガとレンガとの間で砂化している160年前のセメントを削り落とさないとならない。
セメントの袋の横にちょっとやり方が書いてあり、まず、1センチから3センチほどセメントを削るように、とあった。ひえー、どうやって???



砂化した古いセメントを除去しないとならないのだけど、どうやって、ここを掘ればいいか正直言って、わからない。わかります???
で、いろいろと悩んだあげく、思いついたのは、マイナスドライバー!
工具箱から取り出し、グサっと突き刺してみると、おもしろいくらい簡単にセメントに食い込んだ。ぐりぐりとやると、砂が、落ちた・・・。
下にビニールシートを敷いていて、正解。ゴミ袋だけど・・・。笑。
熟練の左官さんになった気分で、がしがし、無心に、削っていった。
しかし、この作業に1時間くらいかかった。おもしろいくらいセメントが削れていく。
ここを作った人も、ここに当時住んでいた人ももう誰もこの世界に生きてないのだ、と思うと不思議な気持ちになった。

退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」

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次はセメントを準備しないとならない。しかし、この年齢になるまで、今まで一度もセメントなんか、混ぜたこともなかった。
一度、YouTubeで確認をしてから、指示に従って、セメントを混ぜはじめてみた。
ケーキを作るのに、ちょっと似ていて、水を入れ過ぎると柔らかくなるので、少しずつ入れていき、足したり、減らしたりしながら、適当な硬さになるまで練り続けた。
こんなものかな、というところで、休憩。1時間くらいがかかった。
壁にペンキを塗った時に使った刷毛があったので、一応、細かい砂塵を払い、掃除機で吸ってみた。ふー。何やってんだ、ぼく・・・。
でも、その先が分からない。さらに悩んだ。
これをどうやって、レンガとレンガの間に詰め込んでいけばいいのだろう? 
分かります?
普通に押し込むにしても、流動物が素直にレンガの間に埋まってくれるとは思えない。そこで、カイザー髭さんにSMSで意見を求めたのだ。
この人、最初は怖い存在で、ちょっと厄介な隣人みたいに書いていたけど、気づけばとっても優しい人で、ぼくにとっては、田舎暮らしの大先生になっていた。
ちょっとおせっかいだけど、同じミュージシャンということで、これはほんと、ご縁としか言いようがない。有難い。
「指でやるんだ。粘土細工のような感じ。子供の砂遊びの感覚で手にとってまるめては押し込んでいく。手でやるのが一番だよ」

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ぼくはギターを弾かないとならないので、爪の間にセメントが入って石化したら、演奏が出来なくなる。
困った。すると、コロナ禍対策のために買っておいた手術用ビニール手袋があったことを思い出した。お、あれだ!!!
マスク、ビニール手袋、消毒液はコロナを防ぐ基本道具としてつねに持ち歩いている。ああ、こんなところで役立つとは!!!!
ということで、ぼくは手術用ビニール手袋を両手にはめて、セメントを手にとり、ちょっと丸めて、隙間に押し込んでみた。
少し難しいけど、コツがあって、試行錯誤しながら、やっていった。
お、出来そうだ。
要領を得るまでに時間がかったけど順調にレンガとレンガの間を埋めていくことが出来たのである。
ちなみに、こちらが、古いセメントを除去した段階の写真・・・。(写真とるのに、いちいち、手袋をはずす父ちゃん…えへへ)

退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」

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そして、こちらが、仮で詰めた状態である。
一応、上から下まで、歯医者さんと一緒で、仮詰めをした。
穴の奥の方をまず固めていったのだ。どうしてもレンガにはみ出てしまうので、一度、乾いたら、コテで削り、乾くまでに一月かかるようだから、そこから、仕上げで、もう一度、綺麗にしていけばいい・・・。たぶん。

退屈日記「鬱っぽい時には、コツコツと無心になって作業をするべし」



仮詰めだけでも、2時間はかかった。脚立に上り、一番上の隙間から一番下まで、根気強くセメントを入れていったのだけど、頭を使わないで身体を使うこの作業がぼくにとっては、有難かった。
無心になって、のめりこむことが出来たのだ。
気が付くと、一応、古いセメントが新しいく入れ替わっていた。
休憩をいれて、6時間ほどの作業だったが、達成感があった。
ぼくはこの建物の160年の歴史の中に参加できたような気がする。
この建物を設計建築した当時の人々が、天国で微笑んでいるような気がした。
鬱なんか、ぶっとばしてやる! くー、一仕事の後のビールがうまい!!!

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