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退屈日記「エリック・サティの音楽を生み出した港町、オンフルール」 Posted on 2021/08/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ところで、今日は再び、サラダ連載用の「野菜」探しにアパルトマンから車で1時間半ほど離れた港街に立つ、マルシェまで出かけた。
行きつけのマルシェで知り合ったモロッコ人の料理人、メディさんが、「ノルマンディのオンフルールに、美味しい八百屋があるから行ってごらんよ」と教えてくれたのでドライブを兼ねて、レッツゴー。
フランスの田舎は一時間のドライブなど当たり前、都会の快速電車で20分という感覚なのである。
ということで、制限速度を守り130キロで飛ばしたけれど、あっという間にそのマルシェに到着した、印象。
ヨットハーバーの周辺にマルシェが点在する、これまでにないスケールのマルシェであった。

退屈日記「エリック・サティの音楽を生み出した港町、オンフルール」

地球カレッジ

退屈日記「エリック・サティの音楽を生み出した港町、オンフルール」

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ちなみに、なぜ、ぼくがオンフルールまで遠征をしたかというと、ここはぼくの大好きな作曲家、エリック・サティの生まれ故郷だからである。
ぼくはサティの「ジムノペディ」が大好きで、いつかあれをギター用にアレンジして演奏してみたい、という野望がある、笑。
「ジムノペディ」とか『官僚的なソナチネ』『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『冷たい小品』『梨の形をした3つの小品』『胎児の干物』『裸の子供たち』など、タイトルがものすごく奇妙なところが、サティっぽくてリリカルで好き。
彼は自分の作品の総称的イメージを「家具の音楽」と名付けた。もう、そのセンス、なんて最高なの、大好き。
つまり、邪魔にならない、でも、とっても心を落ち着ける上での環境音として大事な世界である。
のちに、イージーリスニングとか環境音楽とかにも大きな影響を与えるサティの世界観がそこにあった。そのルーツが、オンフルールにはある。

退屈日記「エリック・サティの音楽を生み出した港町、オンフルール」

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メディが紹介してくれた八百屋を探すも、あまりにも広範囲のマルシェなので、見つけられなかった。
ワイン屋でワインを買ったり、魚屋で牡蠣を買ったり、アーロン(ニシン)を買ったり、なんだか、目に留まる美味しそうなものを次々買っていたら、マルシェ閉店の時間が迫ってきた。途方にくれていると、ワイン屋のおやじさんが、
「どったの?」
と気遣ってくれたので、
「実は幻のジャガイモを探しに来たんだけど、その八百屋が見当たらない」
と言うと、教会の下に、たぶん、ジャガイモとかを売ってる根菜屋があるよ、と教えてくれた。
慌てて行くと、おお、凄い。美味そうなジャガイモがあった! 
2キロで5ユーロという安さだが、普通のジャガイモは白いのだけど、ここのは黄金色なのである。美味そう!!!

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「このジャガイモください」
「はい。ありがとう」
「どうやって、これ食べるといいですか?」
「グラタン・ドフィノワとか、美味しいよ」
「あ、確かに」
グラタン・ドフィノワとは、ジャガイモを薄くスライスして、ミルクで煮て、耐熱皿に入れて、チーズたっぷりかけてオーブンにかけて、焦げ目をつけるのだけど、これはいわゆるフレンチ料理の定番の付け合わせということになる。

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見るからに美味しそうなジャガイモを買うためだけに、往復、3時間のドライブ。好きこそものの初めなりとは言うけど、モノ好きもここまで来ると、ちょっとね、・・・笑。
あと、このようなジャガイモは、二つにカットしてオーブンで焼いただけでも十分に美味しい。(ジャガイモのオーブン焼き)
ほかに、人参とか、トマトが美味しそうだったので買って帰ることにした。
ついでにこの辺で有名なパン屋なのだけど立ち寄り、ケーキセットを食べて帰ることにした。

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ぼくは野菜を抱えて、港を歩いた。
ぼくの耳には、心地よい、サティのピアノが響き渡っていた。
彼を真似たピアニストは多いけど、彼を超えたピアニストは知らない。
家具のような音楽と自らを呼べる、サティの宇宙、ここ、オンフルールにはそこら中にちりばめられている。

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