JINSEI STORIES

リサイクル日記「やっぱり、キッチンは裏切らない」 Posted on 2022/07/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは再び、キッチンに立つようになった。
様々なストレスを乗り越えて、やっぱり行きつくところ、生活の基本はキッチンにあった。
コロナや子育てに疲れたぼくが自分を保つ方法は、ギターを弾いている時か、キッチンで料理をして、それを美味しくいただく時なのだ、と改めて気づかされた。
とくにキッチンで料理をしている時は無心になれる。
これはとっても有難いことだ。
今、田舎で一人で生活をしているぼくだけど、お腹がすくとキッチンに立ち、毎日、何か料理をしている。
食べ終わると片付け、次の料理のために買い物に出ている。
これはずっとぼくにとって生きる上での基本行動となっている。
美味しいものを目指すことが、生きる質をアップさせてくれている。

リサイクル日記「やっぱり、キッチンは裏切らない」



おにぎりの中にはツナマヨを仕込み、白ごまをまぶした。小食なので、出来るだけ小ぶりのおにぎりを作り、残ったのは次の日に回せばいい。
佐賀県南川副から届いた有明海の美味しい海苔で巻いた。
川副は父の生まれたところなので、また父を思い出した。風味が最高、日本一!
鶏肉は昨夜寝る前にマリネにしておいたものをフライパンでサッと天ぷらにした。
鳥天である。
天ぷら粉は必要ない。
ボウルに、小麦粉とベーキングパウダーと塩少々とちょっとマヨネーズ、それだけだけど、ふわっとした美味しい天ぷらが出来る。
小麦粉100gに対して、ベーキングパウダー小さじ1くらい。目分量ですけど・・・えへへ。いつも適当なのだ。
卵焼きと厚揚げの「炊いたん」を添えて、おにぎりセットの完成である。
「美味しい。美味しすぎる」
コロナ制限が一年半も続くこの世界にあって、キッチンは安心安全な場所である。
そして、自分を取り戻す場所なのだ。

リサイクル日記「やっぱり、キッチンは裏切らない」



パリで一人暮らしをしている息子からずっと連絡がなかったが、ぼくが、昨日、ご飯を食べていると、数枚の料理の写真が送られてきた。
チーズホットドッグ(パンとチーズは買いに行ったのだろう、ぼくは買い置きしてこなかった)、カルボナーラ(照り感が素晴らしい。どこかのレシピを見て作ったに違いない)、ジェノベーゼ(多分これはジェノベーゼの瓶詰を使ったもの)、ラーメン(多分、これはインスタントの麺を工夫したもの)などの写真である。
今は、ちょっと本人の許可を取りたくないので、(笑)、写真を載せられないのが残念。
全部、キッチンで撮影されたもので、ぼくがいない間、彼もキッチンに立っているよ、ということだろう。
親子喧嘩をした後、距離が出来ていた二人だけど、この料理の写真は彼の小さな成長を物語っている。和解のメッセージでもある。
息子もキッチンで自分を取り戻しつつあるということだ、涙が出る・・・。
彼の言葉は何もないけど、ぼくには、こういうメッセージが聞こえてきた。
「ぼくはちゃんとこうやって毎日、生きているよ。パパも元気でね」
ぼくら、父子を繋ぐのはキッチンなのである。

リサイクル日記「やっぱり、キッチンは裏切らない」



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