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滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」 Posted on 2021/08/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子の二回目のワクチンの接種に付き添った。
未成年なので、親が一緒じゃないとならないのである。
今日は、区役所が接種会場だった。
お父さんのサインが必要です、と言われた。
狭い会場で、お医者さんは4人、満杯だった。
子供連れの家族が結構いっぱい、中にはまだ中学一年生くらいの子もいた。(フランスは12才から打つことが出来る)
なんだか、どのサイトをみても、ラジオを付けても、コロナコロナで、仕方がないのだけど、3回もロックダウンを経験したというのに、まだ収束が見えないばかりか、最近、いろいろな学者さんが、デルタ株に関しては集団免疫は難しいかもしれない、なんてことを言い出していて、ワクチン打ってればなんとかなる、収束の目途が見えたかな、と思っていただけに、ちょっとそれが遠のいて、軽い絶望を覚えている。
「どうだった?」
接種を終えて出てきた息子に、訊いた。
「何も、変わらない。ほんとうに打ったのかな、という感じ」
「そうなんだ」
「ちょっと晴れているし、友だちに会いに行くけど、いい?」
「ああ、いいよ。体調変だな、と思ったら、帰ってこいよ」

滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」



これだけ人間がいるのだから、ワクチンと制限だけではもう、抑えるのは難しいのかもな、と思い始めてきた。
治療薬とか、次の手段の登場を待ちつつ、今は極力罹らないように、がんばるしかない。っていうか、がんばるのに疲れたよ。
「でも、すごいですよね。あの感染爆発の時期のパリにいて、一回もコロナに罹らなかったんでしょ?」
公園で寝転んでいると、日本のバンド仲間のS君からラインが入った。
世界中、どこにいてもラインは繋がる。
息子が遊びに行ったので、することがなくなった。
区役所を出たら、快晴だったので、誰もいない公園で昼寝することにした。
今、フランスは日本でいうお盆のような時期で、とくにパリには人がいない。
がらんとしている。パリジャンたちはみんな田舎に帰省している。
田舎の方が今は人が多いので、ぼくは田舎に行くのを控えてる。
誰もいないパリの方が圧倒的に安全な状態だ。
安全を選んで生きてきた。

滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」



目の前に、かもめ、がいた。
田舎のカモメの4分の1程度の大きさで、本当に、この子、かもめなのか、と目を疑った。
セーヌ川伝いにあがってきたのだ。
パリのやせ細ったかもめ。そして、田舎の魚や魚介を食い散らして生きる巨大なかもめたち、鳥の世界もいろいろあるなぁ、と思った。
なんで、この子たちはパリにいるんだろう? 
海沿いに戻れば食べるものはいくらでもあるのに・・・。
「なんか秘訣あるんですか?」

滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」

※ 上が、パリのかもめ
  下が、田舎のかもめ、
この差はなんの差なのだろう???
かもめじゃないのかな??? 
種類が違うのかもしれない。
自信がなくなってきた。笑。そのくらい、パリのかもめは、小さい。

滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」



「なんの秘訣?」
「だから、コロナに罹らない秘訣ですよ。日本も、今日、感染者数が一万八千人くらい、毎日、過去最多で、二万人っていう数字が見えてきたかな、と。二回接種された方が亡くなられて、ちょっとショックなんす」
たしかに、10万人以上の人がなくなったフランスにいて、ぼくはまだ罹ってない。
もともと、神経質だし、マスクも早い頃からしていたし、でも、やっぱり、臆病だから罹らないのだな、と思った。
人のいるところにはできるだけ行かないようにしていたし、誰にも誘われなかったのが、よかったのかも・・・。
「だって、コロナって、人から人へうつっていくんだから、人に会わなければ、基本、罹らない(デルタは空気感染の可能性があるので言い切れない難しさはあるけど、・・・)。パーティとかカラオケとか宴会やらないし、家で一人のみ、誰かと飲む時も、テラスで、控え目に飲んでる。自主隔離っていうけど、ぼくはずっと、罹らないために自主隔離のような生き方をしていたから、風邪だってもうずっとひいてない」
「なるほどね」
「今も誰もいない公園で太陽を浴びて、寝転がってる」
「寂しくないですか?」
「それ、よく言われるけど、意味がよくわからない。一人は気楽でいいけどね」
「ずっと一人でいるつもり?」
「みんなその話題好きだね。寂しさを埋めるために誰かを必要とするの? ほっといてくれないかね。それとコロナはなんの関係があるんだよ」
S君は黙った。既読になったけど、返事がないので、ぼくはかもめの写真を撮りつづけた。

滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」



家に帰って、冷凍庫を漁ったら、凍結した豚の三枚肉を発掘した。
これで何が作れるかな、と考えるのが楽しかった。
食材収納庫とか、棚とか漁っていたら、パリの変なおじさんこと、野本が開発したという、カレーうどんの素が出てきた。
あいつの手書きの作り方がポストイットに書かれてあった。
ふむふむ、今夜はこれにしよう。
うどんがあったはずだ、と探したら、乾麺が出てきた。
野菜室にネギがあった。今夜はカレーうどんとおにぎりにしよう、と思った。
なんか、美味しそうな香りにキッチンが包まれ、幸せな気分になった。
こうやって、生きている限り、ぼくは感染しない自信がある。

滞仏日記「寂しさを埋めるために誰かを必要とするよりも今は幸福な孤独を」



「辻さん、怒った?」
日本時間の夜中に、S君から、返事が戻ってきた。
「怒らないよ。ぜんぜん、気にすんなよ」
「ライブやりたいですね。なんか、ミュージシャン、今、つらいんすよ」
「わかるよ」
「辻さんはやらないんですか? 誰かの前でライブとか」
「やると思うよ。やる計画もあるよ。コロナに最大限気を付けてやる。方法は模索中だけど・・・」
「そうですか、安心しました」
「また、いつか、一緒にライブやりたいね」
「はい、やりましょう」
S君が可愛いスタンプを送ってきたので、ぼくもお気に入りのスタンプを送り返しておいた。
カレーうどん、息子が帰って来る前に、ぼくは先に食べることにした。
美味い!!!

つづく。

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