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退屈日記「フランスの泥棒に遭遇した父ちゃん、夏は泥棒天国」 Posted on 2021/08/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、たった今の出来事だけど、寝坊したので、仕事も溜まっているので、昼食作ることできないから、近所のスーパーに買い物に行ったら、怪しい男が入ってきた。
デリベルーという、ユバーイーツのフランス版のがあるのだが、その会社の背中に背負うバックを持って、入ってきた男がいた。
その人、なんか動きが怪しい。挙動不審なので、買い物をやめて、探偵父ちゃん、尾行した。
男は広い店内、人目を避けるように、うろちょろしていて、一見、なんか探している風なのだけど、父ちゃんはまず99%あれは泥棒だな、と思った。
客が少ないので、男は周囲に人がいないのを確認すると、物陰で、缶詰か何かを掴んでバックの中に入れた。
バックにはチャックが付いている。ユバーイーツのと一緒だ。
フランスの買い物で、日本とちょっと違う点がある。
フランス人はキャリーバックとか買い物袋をもってきて、その中に買うものをどんどん入れていく。スーパーの買い物籠もあるのだけど、だいたいの人はもう自分のキャリーバックの中に入れていく。ぼくはうたぐられるのが嫌だから、キャリーバックは、入口に置いて入る。人それぞれ。
だから、前から万引きとかいるだろうな、と思っていたのだけど、昔からの文化だからか、あまり呼び止められる人は、滅多にいない。
そういうフランス事情を利用した泥棒であることはすぐにわかった。
重要なことはバックにチャックが付いている点。チャックを閉じると、店側が「見せてください」とはいえるけど、応じないという選択肢も出来るようだ。
普通の人は応じるのだけど、それを覚悟で危険を冒す泥棒もいる。

退屈日記「フランスの泥棒に遭遇した父ちゃん、夏は泥棒天国」



そこで関わりたくないから、店を出ようとした父ちゃん、出口にガードマンがいたから、
「デリベルーのバック持った怪しい人がいて、なんか、中に入れたような気がするから気を付けてくださいね」
と言い残した。
で、そこで買うのは嫌な感じがしたから、隣の「SUSHIショップ」というチェン店、日本でいう「小僧寿し」さんみたいな感じ。そこで、寿司セットを二つ買って、出たら、大きな声が通り中に響き渡っている。スーパーを見ると、ガードマン二人が、店の出口で、その男と揉めているのである。
「ムッシュ、そのバックの中を見せてください」
「なんで? 泥棒だっていうのか?」
「ムッシュ、とにかく、中を見せてください」
「見せる義務があるのか? そういう権利はないはずだ」
「じゃあ、警察に通報するぞ」
店員も泥棒も本気で言いあっているけど、店員は手を後ろで組んで、暴力を振るわない姿勢を周囲の人に見せている。しかも、怒鳴る前に必ず、ムッシュ、と敬称を付けている。数人の店員が出てきて、男を取り囲んだ。道は溢れかえる人・・・
すると、男はバックを掴んで、
「客を泥棒呼ばわりする店なんか二度と来るか」
と捨て台詞を言い残して速足でたち去った。やはり、チェックの付いたバックを開けろとまでは言えないのだろうか?それとも、力づくでやれなかったのだろうか?もしくは凶器を持っていると危険だから、それ以上近づかなかったのか・・・。
「警察に通報した!」
中の店員が大声で叫ぶと、男はもの凄い速度で走りだした。
でも、店員たち、追いかけて捕まえたりはしなかった。やはりその権利はないのかもしれない。
警察がすぐに駆け付けるとも思えないけど、こうなることを分かっていて、強硬する泥棒もいるのだろう・・・。



ま、ぼくにできることはないので、家路についた。
すると、今度は、通りの車の中を覗き込んでいる変な男がいた。
その人は何台も覗き込んでいる。怪しい。
いきなり探偵になった父ちゃん。その人をカメラで撮影しておいた方がいいと思ったので、観光客を装って、遠くから、カメラを向けた。町全体を撮る観光客を装って・・・
ところが、男がぼくに気づいて、慌ててくるっと背中を向けた。
こんなに離れているのに???
でも、泥棒なら、ぼくを警戒するだろうから、必ず振り返って様子を見る、と思った。
だから、こちらを向くのを待って、じっとしていると、数歩遠ざかって、もういないだろうと思ったのか、こっちを振り返ったおじさん、ぼくがカメラをまだ向けているとわかると、瞬時に手で顔を隠し、また、くるっと背中を向けた。
少し遠ざかり、それからまたこちらの様子を見た。
その、繰り返し・・・。
ぼくは30メートルくらい離れている場所にいるのだ。別に、近くで撮ってるわけじゃない。しかも通りの反対側にいる。
すると、その男、中指を立てて、走って逃げ出したのである。その中指の立て方が、悔しそう、であった。
車上荒らしだったに違いない。いつもこのあたりに高級車が数台停車している。油断もスキもあったものではない。
夏はパリに人がいないので、こういう泥棒、車上荒らしの天国といったところだ。

退屈日記「フランスの泥棒に遭遇した父ちゃん、夏は泥棒天国」



家に帰って、買った寿司をテーブルの上に置いた。
袋の中を覗いて、びっくりした。
醤油がこれでもかというくらい放り込まれている。ガリとかワサビもいっぱいだ。二つ。セットを買っただけなのに、毎回、たくさん、くれる。
どうだけ、醤油を寿司につけて、食べろというのだろう。
こっちのマクドナルドもそうだし、スターバックスもそうだ。多めに出す。そういうルールなのかもしれない? 
盗むやつもいれば、多めにくれる人もいて、思わず、苦笑した。

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