JINSEI STORIES
滞仏日記「ロックフェスのようなデモを父ちゃん突撃取材した」 Posted on 2021/08/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、昼過ぎ、遠くからデモ隊の拡声器をつかった途切れることのないシュプレヒコールが聞こえてきた。
フランスはとにかくデモの好き(?)な国で、ロックダウンの時期はさすがになかったけれど、それ以外はどこかで毎週末、シュプレヒコールが鳴り響いている。
ところが途中から、音楽が鳴り響き始め、それもかなりでかい音で、まるで、野外フェスのような・・・。
かなりの大音響で、これはきちんとしたPAステムが入ったライブだ、と思った。
様子を見るついでに買い物に出たら、リコとピエールが街角で世間話をしていたので、
「なんなの、あの音楽」
と訊いたら、
「衛生パス(ちょっと違うけど、ワクチンパスポートのこと)に反対するデモだよ。でも、ほぼディスコティック状態になってるね」
とリコが言った。
「でも、もう終わるよ。17時だから」とピエール。
「ちょっと行ってみようかな。安全かな」
「みんな踊ってるよ」
そこで、ぼくは買い物はやめにして、踵を返し、取材に行くことにした。
音の方角にずっと歩いていくと、デモから離れて帰る人たちとすれ違った。
ひとり、凄く長いフランスの旗を掲げて歩く男がいたので、
「すいません。どこでデモというか、あの音楽やってるんですか?」
と聞いてみた。
「ブルトゥイユ広場だよ」
「なんのデモ?」
「自由(リベルテ)のためのさ」
「自由って、衛生パスポートに反対するということ?」
「そうだよ。反対だ。でも、自由のために」
「写真、撮っていいです? 日本のデザインストーリーズというウェブサイトで記事にしたいんですけど」
「日本か、いいね。撮ってくれよ」
いい笑顔だ。この人、いろいろとポーズを決めてくれた。
「ちょっとポーズ作りすぎかな、ま、かっこよく、撮ってな」
この人、自ら、構図のアイデアを出してくれた。うけた。
ブルトゥイユ広場に到着するとバカでかいスピーカーがローターリーのど真ん中に設置されていて、もうピークは過ぎたので、片付けが始まっていた。
※今日だけで、パリ、全体で17000人が、フランス全土で23万7千人がこの衛生パスポートに反対するデモに参加している。先週より、7千人増えた。来週もやるらしい・・・。黄色いベスト運動がどうやら主導しているようだ。なるほど。
DJが様々なフランスのヒット曲(懐かしいのから、最近のまで)を大音量で流しており、広場に残った人たちが躍っていた。座って聞いている人もいるし、傍観している人もいるし、スタイルは様々で、デモというか、野外フェス状態であった。
ぼくは次々、人々に声をかけ、質問をした。
「ぼくはね、医療従事者なんだけど、ようは、ワクチンを打ちたくないんだよ。そういう自由を認めてほしいから、参加したんだ」
「じゃあ、ワクチン、打ってないんですね?」
「打ってないよ。まだ」
「医療従事者ですよね?」
「でも、十分注意しているし、それはぼくの自由だから、今ここにいるんだよ」
「写真、撮ってもいいですか?」
「どうぞ、自由に」
また、自由、という単語が出た。みんな、撮影に応じてくれる。それにしても、フランスの国旗をみんな持って振り回している。あと、自由(リベルテ)と書かれた札を持っている人も多い。
自由の女神の格好をした人がいたので、
「すいませーーーーん。ほんとに、お取込み中のところ」
と低姿勢で近づいたら、横にいた旦那さんが、
「写真だろ。ここから撮影した方がいいよ」
と言われ、その間に、マダムがポーズを決めてくれた。
「マダム、お似合いです」
「ありがとう。良い一日をね」
とにかく、ぼくが携帯を向けると(カメラではないのだ)、みんな笑顔で応じてくれる。
時々、いろいろなデモの取材をやるけど、こんなデモもあるのだ、と思った。
※ 家に帰ってテレビで確認をしたが、この広場のような穏やかなデモはここだけだったようだ。
ところで、フランス政府もじっとしているわけじゃない。昨日のパリ最新情報でお伝えした通り、マクロン大統領はtiktokやインスタを駆使して若い世代にワクチン接種を促している。結構、これはこれで反響になっている。
それから、国民のほとんどが入っている、アンチ・コヴィッドのアプリに、今日から百万人あたりのワクチン接種者と非接種者の数字が出るようになった。
その中で、最も興味深かったのが、ICUに入っている人の接種者と非接種者の割合。
接種している人のICUに入っている割合が0,7人なのに対して、非接種者は9人だった。これが今後、毎日、掲載されていく。やっぱり、ワクチン打った方が安全かな、と思わせる明確な数字を持ち出し、政府は国民に訴えている。
「でも、フランスは自由だ。衛生パスポートで全て規制されたら、自由に生活できない」
と参加者がぽつりと言った。
ぼくの好きな曲が流れだしたので、思わず、勝手に、身体が動いてしまった。すると、誰かが、
「踊ろうよ」
と言った。
「え? いいんすか?」
「いいよいいよ、自由なんだから」
警察が一応、包囲しているけど、厳しい感じではない。
その時、もの凄く大事なことに気が付いてしまった。
普段はみんなマスクをしているのに、ここにいる人たちはマスクをしている人が少ない・・・・。
※テレビでチェックしてみたが、やはり、どこのデモでもマスクをしている人が圧倒的に少なかった。
この広場には、もっと早い時間の映像などを見ると、びっしり人がいて、みんなでダンスをしていた。
一週間後、デルタ株に感染した人、あるいはクラスターが出ていてもおかしくない? ・・・。
「デルタ、怖くないんですか?」
隣にいる人に訊いてみた。
「怖いけど、衛生パスポートの一部施設での義務化が嫌なんだよね。レストランとかさ、カフェとかでの提示、わかる? 衛生パスポートに反対じゃないんだよ。義務化が嫌なんだよね」
と笑顔で説明してくれた。
「あなた、何者?」
「ぼく、日本の作家です」
「へー、日本はオリンピックじゃなかったっけ?」
「観てます?」
「あ、まだ、観てない」
「まだって、もう終わりますよ」
ぼくらは笑いあった。その人は珍しくマスクをしていた。
BFMTVで、お医者さんが言っていた。
「もちろん、デモは自由だけど、でも、このままデルタが進むと、また何万人もの人が犠牲になるかもしれない。それを防ぐにはロックダウンをするか、ワクチンを打つしかないんだよ。ロックダウンは嫌でしょ? だったら、ワクチンを打つしかないんだ。そうじゃないと、多くの人がまた死ぬことになる」
フランス政府は5000万人の接種を希望している。6700万人の人口に対してだ。
しばらくこの週末のデモ行進は続くことになるのだろう。
自由とはなんだろう、と考えながら、ぼくは家路についた。