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退屈日記「ちょっとがんばるのをやめてみる」 Posted on 2021/08/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、最近、コロナのせいもあるが、家のこともあって、ハタと立ち止まって見た。頑張りすぎてもよくないな、と気が付き、家事とかもろもろ、手抜きすることにした。あ、手抜きと書くと愛情が薄れたみたいだけど、心アリの手抜き、という感じである。
家は散らかるし、美味しそうなご飯を毎日作らなくなったけど、その分、自分の時間が出来た。ご飯は冷凍食品などをどかっと買って、掃除はたえられなくなったらする、という感じにした。お手伝いさん頼んだら、という意見もあるけど、コロナだし知らない人を家に入れるのもちょっと怖い。のんびりやっていこう、と自分には言い聞かせている。で、今朝はマスクをして公園まで歩いた。

退屈日記「ちょっとがんばるのをやめてみる」



退屈日記「ちょっとがんばるのをやめてみる」

広々とした公園だが、マスクをしている人が目立つ。デルタ株を警戒している。2年前までマスクなんか絶対しなかったフランス人が、今はもしかしたら、日本人よりもしているかもしれない。3回のロックダウンに懲りたのと、デルタなどの新しいウイルスの出現に、もう自衛でしか自分は守れない、と誰もが気が付いたのかもしれない。一応、外でマスクをする必要がないのだけど、見渡すとしている人がかなりいる。ぼくもその一人である。広場の芝生の真ん中まで行き、そこに座って、やっとマスクをとってみた。深呼吸、それから、寝転がり、自分の胸の中心を手のひらでさすって、ゆっくり生きろ、と呟いた。

退屈日記「ちょっとがんばるのをやめてみる」



「ツジー」
声がしたので目を開けて、起き上がると、近所のカメラマン、ピエールだった。ぼくはマスクをつけた。
「なにしてる?」
「いや、なんか、どこにも行く予定がないから。君、焼けたね? どこ行ってた?」
「南だよ、地中海。けっこう、人がいた」
「パリはご覧の通り、ガラガラだよ。わざわざコロナのこの時期に人の多い観光地に行く必要あるの?」
ピエールがぼくの前に座って、笑った。彼もマスクを取り出し、付けた。
「ツジー、バカンス行かないのか?」
「息子が友だちと旅行に出るから、そのあたりで田舎のアパルトマンにこもる。でも、生活はこことかわらないよ」
「みんなパリを離れてるよ。俺の仲間はみんな田舎に引っ越した」
「ぼくも、来年、息子が大学に受かったらだけど、パリのアパルトマンは解約する」
「マジか、寂しくなるな」
「遊びに来いよ」
「行く。泊まれる部屋あるのか? お前んち、そんな広いのか?」
「ゲストルームか、ないわ。床に寝て」
ぼくらは笑いあった。
「ところで、犬のブリーダー知らない?」
「犬を飼うのか?」
「うん、情報を集めている。子供もそろそろ巣立つから、ペットと生きるのがいいかなって」
「ツジー、お前が犬を散歩している姿、想像つかないし、似合わないと思う。やめとけ」
「え? それ、新しい意見だな」
ぼくらはもう一度笑いあった。
「犬って、やっぱ、似合う人と似合わない人がいるんだよ。君は、なんか、犬とか連れて歩いてる優雅なイメージがない」
ピエールは白い小型犬を飼っている。
「ギターでいいだろう?」
「めるし」
ぼくらは公園の芝生の上でごろんとした。いろんな意見があるものだ。
「ちょっとがんばるのをやめたんだよ」とぼく。
「いいね、俺なんかずっとやめてるけど。まじめすぎるんだよ。フランス人を見習えよ。なんとかなる」とピエール。
ぼくらは笑いあった。

退屈日記「ちょっとがんばるのをやめてみる」



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