JINSEI STORIES

滞仏日記「二コラが帰っていった。そしてまた、2人になった」 Posted on 2021/08/03   

某月某日、なんだか、あまり眠れなくて、ぼくは夜中に目を覚ましてしまった。
というのはうどん屋の野本と久々盛り上がって、途中から、彼のうどん屋の店員さんたちも加わり、結局、4人での夕食会となった。
コロナの時節柄、適度な距離感で楽しく過ごし、家に帰ると、二コラ君は寝ていた。
息子の部屋に顔を出し、どうだった? と訊いた。うん、よかったよ、といつもの返事。何がよかったのか、分からないけど、ともかく、息子がちゃんと二コラにシャワーを浴びさせ、歯も磨かせて寝かせた、ということのようだから、安心した。
サロンを覗くと、ソファベッドの上で二コラが寝ていたので、ぼくも疲れたから寝てしまったのだけど、なぜか、寝付けなくて、明け方目が覚めた。
紫の幽霊とカフェで赤ワインを飲んでる奇妙な夢を見た。幽霊と野本の顔が重なった。
やっぱり、おるな、と思った。

滞仏日記「二コラが帰っていった。そしてまた、2人になった」



頭の中から幽霊を払いのけ、ぼくは窓外を眺めた。4時間くらい寝た感じで、窓の外がうっすらと白み始めている。
携帯を覗くと、SMSが入っていた。二コラのお母さんからで、明日の昼前に迎えに行きます、と書かれてあった。

地球カレッジ

ぼくは小説家に戻った。仕事机に向かい、文章を書いた。光りがどんどん入ってきた。
今日も暑くなりそうだ、と思いながら、涼しいうちに先に進まなければ、・・・。
朝、9時過ぎまで集中して小説を書いたので、相当疲れた。キッチンに行き、コーヒーを飲んでいると、二コラがやってきた。
「ふわーーーーーーーい」
ぼくが言うと、くすっと笑って、ふわーーーーーーーい、と言った。
「君のママがもうすぐ、迎えに来るよ」
「え? ほんと?」
「うん、昼ごはん前には」
「ふわーーーーーーーい」
ぼくらは笑った。
「よかったね」
「うん。もうちょっといたかったけど、しょうがないね」
「えええ、そんな嬉しいこと言うのか」
「ふわーーーーーーーい」
ぼくらは笑いあった。
「寝れた? 幽霊出た?」
「出ない」
「紫の幽霊が寂しがるかもね」
「でも、携帯をとろうとした」
「それは、君が携帯ばっかみて、勉強しないからじゃないの?」
「ふわーーーーーーーい」
「ふわーーーーーーーい」



二コラのママが迎えに来る前に荷物をまとめた。
ぬいぐるみたちがベッドに一列になっていた。
「ありゃ、どうした?」
「みんながね、ドロールおじさんに挨拶したいっていうから、整列させた」
「へー、どんな挨拶してくれるのかな」
すると、二コラ君が、鼻づまりの声音で、
「ふわーーーーーーーい。おじさん、ありがとう」
と言った。
えへへ、可愛い。ぼくはぬいぐるみたちの記念撮影した。
昨日、一緒に飲んだ同年代の髭もじゃの野本とえらい違いだ、と思った。(そういえば、昨日の日記、前編、と書きましたが、その後も会話が通じないまま時間が過ぎたので、特に後編はありません。期待されていた皆さん、ごめんなさい。楽しかったのですが、ご報告するほどの会話内容がなく・・・笑)

滞仏日記「二コラが帰っていった。そしてまた、2人になった」



11時に二コラのお母さんが顔を出した。
サングラスをかけていた。がっしりとした体躯のマダムなので、二コラも大きくなるのだろう、と思った。
ぼくは61才の日本のおやじで、なんだろう、迫力負けであった。野本には負けない自信はある、・・・。あはは。
息子は夜更かしをしたのだろう、起きてこなかった。
「ムッシュ、ありがとう。助かりました」
「あなたのお母さんの容態は?」
「ま、コロナじゃなかったので、大丈夫です。私も昨日、PCRをもう一度やったので、ご安心ください」
もしかして、二コラのママ、泣いていたのかもしれない、と思った。
気のせいかもしれないけど、サングラスを付けている意味がわからない。でも、そういうことを詮索するのはよくないので、
「ふわーーーーーーーい」
と二コラにお別れの挨拶をした。
「ふわーーーーーーーい」
と二コラが言ったのだけど、ちょっと寂しそうな目をした。
「楽しかったかい?」
「うん」
「また、おいで。いつでもいいんだよ。紫の幽霊も待ってるよ」
「紫の幽霊?」
と二コラのママが言った。
「ひみつ」
と二コラが言った。
2人は手をつないで階段を下りて行った。よく見ると、二コラのリュックから、リュスティ君の顔と片方の手が出ていた。わざと、二コラがやったのだ。二コラが階段をおりるたびに、リュスティの手が揺れて、
「バイバイ」
しているように見えた。
ぼくは2人が視界から消えたので、ぼくはドアを閉めた。
さてと、息子を起こして、昼飯にしなきゃ、と思った。そしたら、呼び鈴が鳴った。



慌ててドアを開けると、二コラが立っていて、
「これ、あげる」
と言った。
トトロの絵だった。
「描いたんか?」
「うん、昨日、ドロールおじさんがいない時に、描いた。仕事場とかに飾ってもらえるといいな、と思って」
ぐ、涙が出そう・・・
「ふあ~~~~い」
と泣きそうな「はーい」になってしまった。
「ボン・クーラージュ(頑張れ)」
となぜか、ぼくはそう二コラに言った。
二コラは一度立ち止まり、こちらを振り返り、うん、と言って駆け降りていった。そこに息子が起きてきて、
「あれ、帰ったの?」
と言った。
「これ、くれた」
「おお、上手だね。昨日、パパがいないあいだ、ずっと描いてたよ」
「そうか」
「うん、ま、またすぐに遊びに来るよ。それよりパパは犬を飼いなさい」
「ふあーーーーーーい」

滞仏日記「二コラが帰っていった。そしてまた、2人になった」



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