JINSEI STORIES
滞仏日記「旅先の中華レストランで息子に、寂しいんじゃないの、と言われた」 Posted on 2021/07/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子と、田舎に向かった。
どこでも良かったけど、毎日、家の中でゴロゴロしていて、友だちは? と聞くとみんな家族と旅行していると言うのでなんか、どこか連れださないと親としていけんと思って、田舎で一週間ほど過ごすことにしたのだ。
やはり、もっと話してやりたいと思った。
この子はシャイだから、自分の気持ちをぼくみたいに図々しく言えない。
旅をしていれば、無理して語ろうとしなくても、自然に語り合えるし、語り合えなくても、分かり合える。
共通の音楽の話題、45才の年齢差があるが、今、実はフランスで流行っているのは、80年代の日本のポップスやロックなのである。←ECHOESじゃん、みたいな。過去を自慢できるチャーーーンス!!!
ということで、高速道路を突っ走った。
トイレ休憩で立ち寄ったサービスエリアで、巨体な夫婦、今、思えば武道家かも、に声をかけられ、
「もしかして、日本人?」
「ういいーーー」
「おめでとう。凄いことだね、日本柔道」
と言われ、実は何のことかわからなず、メルシー、と自分のことのように誇ってると、息子がぼくのTシャツを引っ張って、阿部兄妹がダブルで金メダルらしいよ、ニュースになっている・・・。
「マジか」
慌てて、ネットニュースに噛り付いた辻父子・・・。
実は、フランス、柔道大国で、小学校とかの授業の選択に柔道がある。なかなか信じてもらえないかもしれないけど、夕刻、柔道着を着たやわらちゃんみたいな子供たちが歩道を歩いていたりするのだ。(今はコロナだから、いないけど・・・2019年以前には)
「パパ、日本はバレーボールも29年ぶりに初戦勝ったんだ。それも2セットとられていたのに、大逆転だって?」(これは息子談なので、間違えていたらごめんなさい。旅先で、チェックできないのです)
「観たの?」
「観た。朝、五時からだったけど、懐かしかった」
息子はバレーボール部員で、中学と高校と、パリ大会で優勝している。キャプテンだったこともある。
スポーツで日本が金メダルとると純粋に、めちゃ嬉しい。でも、一方で感染が拡大していることも気になる。欧州も再び凄いことになってきているし、・・・。
そういえば、運転しながら聞いたラジオで、マクロン大統領がパリ大会の入場行進をセーヌ川で国ごとにバトー(船)で行進させたいと発言した、というので、思わず自分のセーヌ川ライブのことを思い出した。
それが実現したら、たしかに、凄いことじゃないか・・・。
「2024年か、パパはまだ生きてるね」
「当然でしょ」
「じゃあ、パリでオリンピックじゃん」
しかし、今の欧州の状況を考えると、ぼくは単純に浮かれることが出来なかった。分断されていく世界のこととか、いつ終わるかわからないコロナや新たなパンデミックの可能性など、・・・。
田舎の家に到着し、ぼくらは早速、散歩に出かけた。
そして、
「ぼくの父さんはね」
と言った。
ぼくらは海沿いを歩いていた。
「一度もぼくとこんな風に旅をしてくれたことがなかった。でも、理解している。それはしょうがない、と思っていた。忙しい人だったし、でも、なぜか最近、父さんのことを思い出すんだ」
「・・・・」
「なんか、あまり好きじゃなかったけど、親なんだな、と思ったら、なんかね、感謝したくなる。親は親で大変だったんだろうなって、今、パパがこうやって親になってはじめて思った」
「そうなんだ」
「あの人、君には、ものすごく優しかったね」
「うん」
ぼくらは黙って、路地をぐるぐると歩いた。
話せる時間が無限にあるというのに、そうなると、話すことってないものだ。
ぼくは父親の顔にどこか似ている息子の横顔を見た。人間って、不思議なつながりの中にいるものだ、と思った。
陽が暮れる頃、隣町にある中華レストランに入った。
入口で、衛生パスポートの提示を求められた。
8月1日からじゃないの、と訊いたら、もう始まっている、とその人は言い張った。
その店ではそうしているということだろうか?
マスクをしていない客を追い返していた。ぼくは知っている中国語を並べて、そのちょっと怖いマダムと仲良しになった。
「パパ、絶対見ないでね。後ろに犬がいるんだけど、キャバリア・・・」
ぼくが振り返ると、後ろの席の人が犬を連れていた。
「見ないでって言ったでしょ?」
「あはは。で、なに? 可愛い犬だね、キャバリアか、犬は裏切らないからな」
「うん、パパ、犬を飼えば?」
「なんで?」
「ぼくが大学に行って、就職して、家族と暮らすようになったら、寂しいんじゃないの?」
ぎく・・・
「ええ? そんなことないけど、犬か、いいねよ」
泣きそうだ・・・。犬か、実は、昨日、夢でぼくは可愛い黒い犬を抱きしめていたのだ。キャバリアだったか、わからないけど、可愛い小さな犬だった。
ぼくを癒してくれる目をしていた・・・。
「そうか、飼おうかな」
「写真をインスタにあげれば? 自分の自撮りとかやめて、あれ、孤独すぎるでしょ?」
「見るなよ」
「でも、親のこと心配だから、何してんのかなって、たまに見ると、寂しそうだなって、思うんだよ。犬を飼ったら、いっぱい写真をアップできるし、みんなもきっとハッピーになるんじゃないかな。だって、二コラもアシュバルも子供たちはみんな大人になる。ぼくも、・・・。でも、犬はずっとパパのそばにいるよ」