JINSEI STORIES
滞仏日記「息子の周辺で変異株感染者が急増、気を付けろ、第四波」 Posted on 2021/07/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、朝から、地球カレッジの用意に追われていたら、息子がやってきて、彼の友人たちの間で感染している友達が急に増えていると言い出した。
驚いたことに、彼の仲のいい先輩、この日記にもたびたび登場のシーマちゃんもついに感染・・・。デルタ株ではなく、カッパ株というものらしい。
そういえば、昨日、マノンちゃんのお母さんからも、マノンのクラスメイトで数人、陽性者が出たという話しを聞いた、ばかり。
デザインストーリーズ関係の若いライターさんも罹ったという連絡をうけ、なんか急に変異株がぼくらの周りで猛威をふるいだしている。
ピエールからSMSが届き、
「なんか、第4波が今までで一番感染率が高いらしい。ワクチン接種を終えた大人は大丈夫なんだけど、とくに若い子たちの間で大流行している。息子君、しばらく、家から出さない方がいいぞ」
とあった。
「パパ、出かけてくる」
そのタイミングで、息子が出かける、と言い出した。
「今、若者の間でデルタ株が大流行しはじめてる。出来れば、ちょっと様子みてほしいな」
「ぼく、ワクチン打ったし」
「いやいや、2週間後からしか効かないし、それに接種一回じゃ、ぜんぜん有効じゃないんだよ。ヴェラン保健相も言ってるけど、二回接種をした人はほぼ症状が出てない。今、流行しているのは、接種をしてない、特に若い子たちの間でだよ」
「・・・・」
「二回目が終わって、さらにそこから二週間経たないとワクチンは力を発揮しない。一回接種して安心をして遊び歩いている人たちの間で感染が広がってる・・・」
「わかったけど、でも、じゃあ、家にいろっての? 夏のバカンスの時期なのに? それは不可能でしょ? 友だちと会いたいじゃない。こんなに晴れてるのに?」
パリは快晴であった。3週間ほど雨の日が続いたので、待ちわびるように、人々が外に飛び出している。もっとも、バカンスの時期だから、いつもより人は少ないのだけど・・・。
「感染するかもしれないぞ」
「パパ、心配はわかるけど、もう、一年半も家にこもって我慢してきた。用心して友だちと会うのくらい認めてもらわないと、みんな、感染以前に、心が壊れちゃうよ」
ぼくは何も言えなくなった。たぶん、そうやって感染は広まってるのだろう。
フランスは先週、2000人台まで感染者が減っていたのに、あっという間に増えて、急に一万人を超えた。もっと増えるだろう。
この動きは今までにない早さだ。
英国はあれだけワクチン接種でコロナを抑え込んでいたのに、昨日は5万人の感染者超え、10万人になるのも時間の問題という報道もある。
いったい何が起きているというのだろう・・・
「パパ、きっと若い連中はみんな、もう罹っても、マスクなんかしたくないし、これ以上、制限されたくないと思ってるよ。パパが心配する気持ちはわかるけど、緩やかに全員で罹って、ピークアウトを待つしかない」
「でも、病院とかが・・・」
「感染者は増えているけど、重症化する人や亡くなる人の数はこれまでと変わってないよ。ラジオで言ったけど、今日パリで集中治療室に入った人は1人、全国で9人、一年前とはぜんぜん違うし、集中治療室の占有率も20%程度で、80%の空きがあるんだってよ。感染力はものすごく強いけど、どう出るかは、様子を見ていくしかないんじゃないかな。シーマも誰とも会ってないのに、感染した。今、彼女は自主隔離をして様子をみている。コロナとの共生を考えないとならない時代が来た。少なくとも、夏休みで、久しぶりの晴天で、家にいることは難しいよ。ぼくは17才だ。マスクもするし、用心もします。だから、心配し過ぎないで・・・」
息子はそう言い残して出ていった。
※ 最近、パソコン3台、携帯をつかって、地球カレッジやっています。舞台裏なり。
ぼくは息子を送り出し、自分の仕事場から地球カレッジをやった。
鬱っぽかったけど、回線がつながり、授業がはじまると、なぜかいつもと変わらない自分になっていた。
90分、駆け抜け、終わると、脱力した。
何も食べていなかったので、マスクをして外に出てみた。
カフェに顔を出すと、アドリアンがいた。
「やあ、フィロソフ(哲学者)よ」
と声をかけた。
「おお、これはこれは日本のエクリヴァン(作家)よ」
ぼくはアドリアンに、
「なんだか、第4波、凄そうだね。ところで、これ、いつ終わるの?」
と聞いてみた。
「終わる? さあ、分からなくなってきたぞ」
と哲学者は笑いながら言った。
「ただ、フランス政府はワクチン接種をしないと市民生活が送りにくくなる、ある種の義務化の賭けに出た。大罰金もついてくる。反発もすごいけど、今のところ、市民には受け入れられている。それしか、手がないからかもしれない。英国のように制限の全撤廃をしてコロナとの共生へ向かうか。フランスのようにワクチンを半義務化するか、どっちが功を奏するかは、9月の新学期の頃に一つの結論が出るだろうよ」
なるほど、とぼくは呟いた。一つのね・・・。
「しかし、いい加減、疲れてきたね。ぼくは鬱なんだよ」
アドリアンが大きな声で、笑いだした。
「自分のことを鬱と言ってられる間は、まだまだ大丈夫だよ」