JINSEI STORIES
滞仏日記「辻家の恥という一文、息子の言葉に悩んだ一日」 Posted on 2021/07/11
某月某日、息子の進学問題で頭を抱えつつも、毎日は過ぎていく。
インタビューや打ち合わせがあるので、早朝、ぼくはパリへと向かった。戻る道すがらも、ずっと、息子の未来について、考えていた。
パリは雨だった。暗くどんよりとしていた。
車を路駐し、通りを歩いていると、
「ヨシ~、ヨシ~」
と大きな声が通りの反対から飛んだ。
声のする方を振り返ると、ジャンだった。馴染みのカフェの、といっても、ここんところ、ご無沙汰のカフェのギャルソンさん。ほぼ、任されている、たぶん、店長だ。
「ああ、ジャン、元気かい?」
ぼくは通りを渡り、ジャンとげんこつタッチをした。
「最近、見かけないけど、田舎の方にいるの?」
「ああ、今日は仕事があるから、戻ってきた。明日は外国に行くし」
ジャンはぼくを、ヨシ、という人と間違えている。何度も指摘したのだけど、直らないので、ぼくはこの店では、ヨシさん、ということになっている。
ヨシ、で生きるのも、新鮮で楽しい・・・。
新しいスタッフを紹介された。
「ヨシだよ。こっちは新人のクロード」
ぼくらはげんこつタッチで、やあ、と言い合った。
「ぼくの息子なんだ」とジャン。
「ええええええ」と驚いたぼく。
「何歳?」
「22才です」とクロード。
「ゲームの仕事をしたいんだけど、なかなか仕事がなくて、家でゴロゴロしているから、とりあえず、ここで少し働かせている」
「そっか、びっくりした。そっくりだね、言われてみれば。君たち・・・」
ぼくはクロードの仕事ぶりをずっと見ていた。自分の息子とダブるものがあった。あいつはいったい将来、何になるのだろう。
昨日、息子からぼくへ送られてきた長い反抗文が頭から離れない。
「辻家の恥でも構わない」
あの後、息子が狙う大学を卒業したご両親が日本人のK君に相談をした。どうなんだろう、このバカロレアの成績で、その大学に行けるのだろうか?
K君は、言いにくいですけど、このままでちょっと難しいです、相当、来年がんばらないと、とはっきりと言った。それくらい、厳しい状況なのだ。
きっと、本人はわかってない。ぼくにできることは何だろう・・・。
クロードは穏やかな青年だった。
「ムッシュ、何にします?」
「カフェオレにします」
クロードがさわやかな笑顔をぼくに向けた。
「最近、ヨシ、どうなの?」
「え? (ヨシになり切れない)、ヨシ的には息子問題で悩んでる」
「あらら、分かる。ぼくもご覧の通り」
「いい子じゃん」
「でも、将来、どうすんのって、話し。カフェ継ぐ気とかないみたいだし。あいつ、ゲームの世界だけで生きてるから、それに関してはすごい技術持ってるのだけど、あまりに競争率高くて、就職できない」
それは想像がつく。
「あれでも、美大出て、就職の話しもあったんだけど、どうしてもゲームの世界に入りたいって言い張って」
一緒だ、と思った。
でも、クロードはちゃんとジャンの下で働いてるし、いい感じなのだ。きっとうちの子はこういうことが出来ない。
ぼくのライブの手伝いやるか、と言ったら、嫌だ、と断られた。
「ヨシの息子、いくつだっけ?」
「17なんだよ。高校三年生になった」
「一番大変な時期だね。わかるよ。どこ目指してるの?」
言えない。なんで、言えないのだろう、と思った。
「知らない。なんか、いろいろやってる。一番真剣にやってるのは音楽かな」
「へー、そうか、ゲームに音楽か。親はたいへんだ」
ぼくらは苦笑しあった。クロードがカフェオレを運んできて、ぼくの前に置いた。混み始める前にさっさと飲んで、帰らなきゃ、と思った。
「あの、もしかして、ムッシュは日本人ですか?」
クロードが横から聞いてきた。
「うん、そうだよ」
「ぼく、日本に行きたいんです。日本のゲームの会社で働きたくて」
ジャンの横顔を一瞬、ちらっと見てから、いいね、と言った。
「まずは、一度、遊びに行ってみたいんです。コロナが落ち着いたら、行きたいなと思っているんです」
よく見ると、クロードのTシャツに、カタカナで、「ゲームボーイ」と、ある。こりゃあ、日本好きだ、間違いない、と思った。
「日本のことをもっと知りたい。たこ焼きを大阪で食べたいんです」
「あ、それはめっちゃいい夢だね」
クロードは携帯を取り出し、操作しはじめた。まもなく、画面にたこ焼きの絵が映し出された。よく見ると、ゲームで、たこ焼きが戦っている。背景は日本というよりも中国? つまようじを振り回して、ソースとか、マヨネーズを避けながら・・・・。ぼくは、この発想に吹き出しそうになった。
ジャンが肩をすくめた。でも、凄い技術だな、と思った・・・。
「君が開発したの?」
「そうです。たこ焼き戦争というタイトルです」
「たこ焼き戦争・・・・。じゃあ、いつか大阪に行かなきゃね」
「大阪、憧れています」
「ヨシ、あまりおだてるな。無理な夢を持たせたくない。地道に生きることをぼくは教えたいんだ。地に足を付けて、生きていってほしい」
「くだらなくないよ。いつか、ヒットする」
ぼくは笑えなかった。きっと、うちの息子とクロードは気が合うだろう、と思った。ジャンから笑みが消えた。わかるなぁ、と思った。
ぼくはジャンとクロードに、またね、と言い残して、店を出た。八百屋で茄子を買い、スーパーでひき肉を買い、有機系スーパーで豆腐を買った。昼は麻婆茄子豆腐にしよう。明日から暫くアジア飯は食べられないし・・・。
携帯に息子からメッセージが入っていた。
「帰りは予定通り、水曜日の夕方になるよ」
ぼくは、オケ、と短い返事を送った。さて、旅の準備もしなければ、・・・
つづく。