JINSEI STORIES

滞仏日記「カイザー髭にセッションやろうと誘われた父ちゃん、不整脈が・・・」 Posted on 2021/07/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨夜、カイザー髭とハウルの魔女さんに夕飯に誘われた父ちゃんだったが、ちょっとここのところ、なんか動悸(微かなので心配しないでくださいね)があり、福岡の済生会の大倉先生(友人)に訊いたら、「年齢的に心房細動か、良性の不整脈でしょう」とSMSが届いた。
「水を多めにとって、脈の不正を感じた時は過度な運動はさけ、続くようなら受診するように」と、きた。
悔しいけど、年齢は確かに、あるだろう。
ということもあり、せっかくのお誘いであったが、お断りし、もうしわけないから、先月のセーヌ川ライブの映像をギフトしておいたのだけど、これが、オルガニスト(アマチュアさんです)でもあるカイザー髭を刺激することになるとは、不整脈父ちゃん、気づこうはずもなかった。
じゃじゃじゃじゃーん。←ベートーベンの運命のつもりね。

滞仏日記「カイザー髭にセッションやろうと誘われた父ちゃん、不整脈が・・・」



で、ぼくは今朝、オルガンの大音量にたたき起こされることになる。
時計を見ると、朝の9時じゃないか!
ぼくの寝室の下がカイザー夫婦の寝室で、そこに彼のお気に入りのケンウッドのシンセが置いてある。
それが、ぼくを挑発するように、けたたましい音をたてた。
床というか建物全体を揺さぶるくらいの、すさまじさ。ディープパープルのオルガニスト、ジョン・ロード様が乗り移ったような・・・。
な、なんだ、と目を覚ますと、おおおお、この曲、「バラ色の人生「ラ・ヴィアン・ローズ)」ではないか。
セーヌ川ライブで二回、歌ったので、印象に残ったのに違いない。
あの有名なメロディーがちょっとプロコルハルムを彷彿とさせるロック調にアレンジされ流れてきた。
やれやれ、朝から、・・・ノってるな。
ぼくは辟易としながら、起き上がり、キッチンへと逃げた。
すると、そこにSMSが入った。
「実は、週末、ここの住人の皆さんと裏庭でパーティをやろうということになっているんだけど、どうかね、私が伴奏をするから、あなたがギターと歌で、よければ妻がコーラスもできるんだけど、一緒に演奏でもしませんか。君が新しいメンバーに加わったことをみんなで祝ってのフェット(パーティ)になるでしょう」
ぎょえ・・・。



まさか、ライブビデオを見せて、一緒にやろうと言われるとは思ってもいなかった、父ちゃん。
しかも、よくよく、参加者を訊くと、一階のフランケン夫婦と3階のフィリップ殿下とエリザベスさんという、まぁ、いつもの黄金メンバーなのである。←村祭り・・・
想像し、急に不整脈が、・・・。
大倉先生のいいつけ通り、慌てて水を飲んだ、父ちゃんであった。
「有難いお誘いですが、ちょっと、残念ながら、週末はパリに戻ろうと思っておりまして、次回、を愉しみにております」
とやんわり断っておいた。
もちろん、息子はいないので、週末、ぜんぜん、一緒にライブくらい出来るのだけど、一応、ぼくも元ECHOESのメンバーであり、現役のミュージシャンなので、なんとも、ね、どうしていいのか、悩ましい問題である。
そんな、かっこつけんなよ、という意見もあるだろうが、もしかすると、激しい喪失感を味わうかもしれない。
なぜかというと、想像をしてもらいたい、ぼくの横でオルガンを弾くのがカイザー髭。
ぼくの横でコーラスをやってるのが、ハウルの魔女というすさまじさである。
そして、ぼくの前で手拍子叩いてノッているのが、フランケンシュタインにそっくりなムッシュ・フランケンと、その妻、元シラク大統領の奥さんにそっくりなベルナデットさん、そして、フィリップ殿下とエリザベス女王にそっくりな3階のご夫婦ということになる。
その豪華な方々に囲まれて、「バラ色の人生」歌ってる父ちゃんの姿を想像してみてほしい。あ、いや、想像をするだけで、不整脈が・・・。



ぼくは、なるべく、カイザー髭を刺激しないように、音を潜めて、今日は生活をすることにした。お昼は、パリから持ち込んでいたカップ麺を食べ、夕方、息が詰まりそうだったので、隣町まで買い物に出かけることにしたが、階段を降りるときはまるで忍者のような、忍び足であった。
ぼくはいったい、ここでどうしたいというのであろう。
船着き場の桟橋に座って、遥かかなたをぼんやり眺めながら、人生について思いを馳せていた。
オーチャードホールのライブもコロナなどで3回も中止と延期になったし、映画製作もコロナで中止になってしまった。(まだ制作会社から正確な中止の報告は受けてないけど、子役の子たちの年齢的なことを考えるともう不可能であろう)
ぼくには何があるというのだ。
確かに、息子はいろいろと問題はあるけれど、なんとか順調に大学生を目指しているので、それは有難い。残された希望ということにはなる・・・。
じゃあ、その後、あいつが巣立った後、自分はどうするつもりだろう。
この不整脈はもしかすると、心臓ではなく、ぼくの心の問題かもしれない。
カイザー髭さんらの好意あるお誘いを受けてライブをやって盛り上がりたいところだけど、なぜか、そういう気になれないのである。



かもめたちがぼくの目の前を飛び交っていく。鳴き声が響き渡る。
おや、おや、一羽、二羽、次第に集まってきた。
太陽が傾いていく。このまま、人生を終わらせるわけにはいかない。
自分は生きる限り前のめりで生きていきたい。
ぼくは桟橋に立ち上がり、対岸のカモメたちに向けて、歌いだした。
バラ色の人生、そんなものがあるのかどうか、わからないけれど、ぼくはまだ頑張って生きてみようと自分に言い聞かせるのだった。

つづく。

滞仏日記「カイザー髭にセッションやろうと誘われた父ちゃん、不整脈が・・・」



自分流×帝京大学
地球カレッジ