JINSEI STORIES
滞仏日記「ついに高校三年生になった息子。かっちーーんの終焉」 Posted on 2021/07/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今までバタバタしていて、気づかなかったのだけど、息子は先週、高校二年生を卒業した。
ということは、今、高校三年生ということになる。
久しぶりに、廊下ですれ違ったので、
「君、高3になったんか?」
と訊いたら、
「そうだよ、今頃、何言ってんの?」
と相変わらず生意気な口調が戻ってきた。かっちん。
「それより、高3なんだからお小遣い、あげたほうがいいんじゃないの?」
かっちーん。
「成績あがったらな」
「バカロレアもぜったい最高だよ」
「前もそういって、信じてたら、さがってたことあったじゃん」
「パパ、人生って、そんなもんだよ」
「はぁ」
ということで、ここのところ、時間が合わず、一緒にご飯を食べる機会がぐんと減った。
中学生までは必ず毎日、毎食、食事は一緒に食べていた。
しかし、高校になってから、息子は友だちが多いせいもあるけど、外で遊んで夜の遅い時間に戻って来るから、結局、1人で食べている。
その上、夜中も一晩中、子供部屋から声が聞こえてきて、いつ寝ているのか、と疑いたくなる状態だ。
で、ここのところ、というか、今日は、1時半に起きてきた。
昼の1時半。
せっかく5種類のチーズで作ったパスタ、最高においしくできたのに、ごはんだよー、と呼んでも返事がないし、部屋が真っ暗だったから、覗きに行ったら、寝ていた。
「食べないの?」
「食べる。置いといて」
かっちーーん。
「チーズのパスタで、時間たつと硬くなって、まずいんですけど」
「だから、行くから、置いといてくださいって」
怒ってる口調だけど、最後は、「ください」にして、ごまかしている。
かっちーーーん。
「何時だと思ってるんだよ。1時半だぞ。昼の?」
「わかってる」
「そういう怠惰な生活送ってると罰あたるからな」
「わかったから」
くそ、分かってないだろ。
で、ぼくが仕事に戻り、一時間後、食堂に顔出したら、かピカピになったチーズソースパスタがテーブルに放置されたままになっていた。
かっちーーーーーん。
あんニャロメ。
子供部屋に行き、おい、三時だぞ、起きろ、と怒鳴った。しぶしぶ、起きた息子。どうなってんのか、このバカ息子が・・・。たく。
「いい加減にしろよ。さすがに怒るぞ」
「わかった。起きたよ」
「何時に寝た? 遅くまで何やってんの?」
「みんなで曲作ってた。世界中に仲間がいるから、時差があって、集まれる時間が限られてるんだよ」
「パスタが台無しだ」
息子くん、しぶしぶ、食堂に行き、寝起きなのに、ヘビーなチーズパスタ食べだした。若い・・・
「大丈夫。パパのパスタは時間がたっても、味変わらないから。美味しいよ」
かっちーーーーーん。ぜんぜん、誉め言葉じゃなーーーーーい。
そして、息子は夕方、外出をした。
17時過ぎに、ちょっと出てくる、と言い残して・・・。
何時に帰るのか、訊こうと思って追いかけた時には、すでにドアは閉まっていた。
ったく。
これはデザートがわりに作ったサンマルセランというチーズを詰めて作ったシュークリームならぬ、シューチーズ! 美味しいよ。
ということで、夜の20時過ぎに、
「今日、夕飯はナトンと食べることになったから、いらない」
とメッセージが入った。
一応、辻家にはルールがある。
1,ご飯を家で食べない場合、昼食夕食時間の3時間前までに必ず連絡をすること。
2,基本出されたものはご飯粒一つ残してはならないが、どうしても食べられなかった場合、残した食べ物はゴミ箱に捨て、食器は水洗いをしてから食洗器にいれておくこと。
3,自分の衣服は自分で洗濯をし、自分で片付けること。
4,学業に必要な勉強道具にかかるお金は支給するが、用途を明記、領収書が必要。
5,22時以降の音楽活動はヘッドフォンをかぶって大きな音を外に出さないこと。
などである。
20時過ぎの連絡はルール違反である。我が家の夕飯は20時半から21時の間である。
「3時間前に言えよ。もう、作っちゃったじゃんか、ルールだろ」
「でも、ルール通りにならない時もあるでしょ? 残しておいてくれたら、明日の昼に食べるから、それでいいでしょ?」
かっちーーーーーーーーーーーん。
というわけで、息子が高3になった途端、一緒にご飯を食べるという、これまでずっと続いてきた習慣が終わりを遂げていたのである。
ぼくは早寝早起きなので、日本に向けて、「おはよう、日本」のツイートをしたら、だいたい寝落ちしている。で、なぜか、毎日、朝の6時過ぎに目が覚めている。
その少し前に息子は寝ているようだ。夜中にトイレに起きると、子供部屋の電気がついており、こそこそと話し声が聞こえてくる。
もっとも、自分も高3の時はオールナイトニッポンとか訊いていたし、朝5時に寝るのはざらだった。深夜3時スタートのオールナイトニッポンのDJもやっていたし、当時のリスナーは中高生だったしね・・・文句は言えないか。笑。
と、ここまで書いたところで息子が戻ってきた。
時計を見たら、23時である。でも、戻ってくると、親というのは安心するものだ。
この、かっちーーーーーん、も、そろそろ、迫力がなくなってきた。
かっちーーーん、と書きながら、それはもう、かっちーーーん、ではない。
彼が中学生だったころが一番、かっちんにはパワーがあった。
今の、かっちーん、は、がっくん、に似ている。
がっくーーーーーーーーーーーーーーーーーん、である。
あんニャロメ。
つづく。