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滞仏日記「性教育を避けて通らない父ちゃんと受験生ブルース」 Posted on 2021/06/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、先週末から、田舎に行くはずだったけど、行くのをやめパリに残っている。
残してきたサボテン君たちが枯れてないか、屋根上のかもめのミーミーたちがどうしているか気になっているけど、それよりも今は息子がちょっと心配なので、様子見つつ・・・。
「よ、どうなの?」
食事の時に、そう、切り出した。
なんか、父と息子って、いくつになっても気恥ずかしいものなのである。
なので、父ちゃん、見た目はやさおとこだけど、つい、息子の前ではマッチョ感全面に出してしまう。
「勉強してんのか?」
「うん」
この「うん」の声音で今日の精神状態がわかる。悪くない。穏やかな声音である。
「成績を見たぞ。ジオポリティック(地政学)だけ、ダメだったな」
「うん」
「先生のコメント読んだ。期待していたのに、今回はがっかりしたよ、と書いてあったけど」
「うん。地理と同じ先生なんだ」
「へー。でも、地理は、褒めてたけどな。がんばったな、って書いてあった」
「うん。そうなんだよね」

滞仏日記「性教育を避けて通らない父ちゃんと受験生ブルース」



ジオポリティクス、仏: Géopolitiqueというのは、辞典などによると、地理的な環境が国家に与える国際政治とか軍事的とか経済的な影響を、地球規模の視点で研究する学問のことなのだそうである。
歴史学、政治学、地理学、経済学、軍事学、文化学、文明、宗教学、哲学などの様々な見地から研究を行うので、かなり、広範にわたる知識が不可欠となる。
実は、息子が目指している大学はまさに地政学の中心大学なのである。←いったい将来、何になるつもりなんだろ・・・(。´・ω・)



あまりに難しくて、ぼくにはちんぷんかんぷん。
でも、政治などにもかなり関係のある学問で、フランスはこの分野がとっても得意なのである。
ぼくはフランスの政治家はとっても優秀だと思う。
でも、国民が自由人過ぎて、彼らを束ねるのはコロナ禍の中、相当大変だったことだろう。フランス人の悪口ではない、個人主義が強く、集団社会を嫌う国民性なので、本当にパンデミックの今、政治家は大変だと思う。
それに比べ、日本は国民が優秀で社会規範をきちんと守るから、政治家がけっこうそれを利用しているような、気もする・・・。
じゃあ、なんで、フランスの政治家が優秀かというと、フランスには政治家を育てる専門大学がある。
ここを出た人は政治家、官僚、などになり、国家の仕事をする。マクロン大統領もこういうところの出身である。彼らのスピーチがきわめて素晴らしいのは、スピーチを学ぶからだ。息子の29日の試験も、それに関係する試験なのである。

滞仏日記「性教育を避けて通らない父ちゃんと受験生ブルース」



「君は政治家になるの?」
「ならないけど、法律より政治に関心がある。結局、政治がちゃんと機能してないと、国民がバカを見るからね」
「そうか、じゃあ、もっと勉強しないと。パパがバカを見るな」
「かっちーーーーん」
「それ、パパのセリフやろ」
ということで、ぼくらは、笑いあった。
29日の試験で、彼の高校二年生は終わりだ。夏休みが明けると、彼は高3になる。
「恋も大事だけど、仲間と遊ぶことも大事だけど、あとちょっとだ。ここは頑張って自分の人生をゲットしてくれよ」
「うん」
「パパは君が政治家とか弁護士になれなくてもいいんだ。お金持ちになれなくても、幸せな人生は生きられる。でも、どんな人生も大変だからね」
「うん」
「あ、そうだ。ミナちゃん、おばあちゃんになったぞ」
ミナというのはたびたび、この日記に登場する、ぼくのハトコで、でも妹みたいな存在で、息子にとっては遠いお母さんみたいな、お姉さんみたいな人・・・。一度、埼玉のスーパーで間違えてミナのことを「ママ」と呼んでしまい、息子は自分の発した言葉に驚いて大泣きをした、あれは、もう、7年も前のことになる・・・。
「あ、そうなんだ。生まれたの?」
ミナの長男君のところに男の子が誕生したのである。
ぼくは息子に動画を見せた。ちっちゃいのが、動いている・・・。
「可愛いな」
「可愛いね」
「16分の1くらい血がつながってるんだぞ」
「32分の1くらいじゃないか? もっとかも、・・・」
ぼくらは笑いあった。



この子は、あと、半年で18歳、フランスでは成人になる。
「成人になったら、何をしても、パパは怒る権利がなくなる。うるさいパパとおさらばだな」
「そんな風に思ってないよ」
「うるさくて、悪いけど、あと、半年はいろいろ厳しくやるからな」
「うん」
「嫌われてもそれがパパの役目だから、悪く思うなよ」
「分かってるよ」
「パパがいない時に、ルーシーをここにあげちゃダメだぞ」
「もう、分かってるって」
「君はコンドームの使い方、知ってるのか?」
呆気にとられた顔の息子。(。-`ω-)
「パパにタブーはないからな、なんでも聞け。性教育は親の仕事だ。パパが恥ずかしがってる場合じゃない。教えなくて、赤ちゃんが出来てもいけないだろ?」
「しないよ。ルーシーにはちゃんと言った」
「言った? 言った? なんて? なんて、言ったんだ!」
(;’∀’)
「パパがうるさいから、18歳になるまで待ってほしいって」
「(;’∀’)(;^ω^)(;^ω^)(。-`ω-)(^_-)-☆」
「なに?」
「なんでもない。いやあ、驚いたけど、それでいい。がんばれ」
「なにを」
「なにをって、精一杯生きろ」
「生きてるよ」
「そうか、地政学だな」
ぼくらは笑いあった。
「ご馳走様、今日もとっても美味しかったよ」

滞仏日記「性教育を避けて通らない父ちゃんと受験生ブルース」

※玄米のごはん、白菜の浅漬けサラダ、煮卵、牛肉の五香粉煮、湯豆腐、・・・えへへ。



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